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July.7 そこそこ筋肉のある男

 うちの組はなぜかそこそこイベント事を大事にするのだ。ヤクザなのに。
「全く、わざわざ招集かけた理由がこれですか」
 来て早々、渡された短冊をヒラヒラさせながら不服そうにイヴァンが隣に座った。
「まぁいいだろ。お前こういうときぐらいしか来ねぇし」
「昨日も来ましたよ。まぁ、どっかの誰かさんのせいで目的は果たせませんでしたけど」
「だからさぁ、その目的何なんだよ」
「別に貴方のせいだなんて言ってません」
「いや俺に向けて言ってんのバレバレだぞ」
 いつもならもう少し煽ってくるが、イヴァンは黙ってしまった。しかもいつもより若干態度が冷たい。昨日からこの調子で、どうやら俺が何かしたらしい。が、特に何かした記憶はない。さすがにやらかした記憶もないのに謝りたくはないので、教えろと言っているが頑なに教えてくれない。
 まぁそのうち機嫌直すだろ多分。気を取り直して机の上に置いてあったペンを取り、短冊に書く願い事を考える。
 特に願いとかないんだけどなぁ。どうしよ、とりあえず今はこいつの機嫌が直って欲しいぐらいしか……それでいいか。考えはまとまったのでそのまま『こいつの機嫌がさっさと直りますように』と書いた。
「馬鹿が治りますようにって書いたんですか?」
「書いてねぇよ」
 煌河が書き終わった気配を察し、イヴァンが茶々を入れる。イヴァンもどうやら書き終わったらしい。
「庭に笹があるらしいからそれに飾れってさ」
 短冊を渡された際に言われたことを伝えつつ立ち上がる。そのまま庭に向おうとすればイヴァンも着いてきた。
「で、何を書いたんですか?」
「何でもいいだ――いたたたたたた!!」
 イヴァンが煌河の腕を捻じり上げ、そのまま短冊を奪った。そのままそれを読み、つまらなそうな顔をしてイヴァンは煌河の腕を解放した。
「面白みがないですね。あと僕は不機嫌じゃないです」
「奪いやがったくせに何だその言い方! あとお前のことだとは書いてねぇだろ」
 突き返された短冊を受け取りつつ、捻じり上げられた腕をさする。折れてはないだろうしまぁそのうち痛みも引くだろ。それよりも、
「お前はなんて書いたんだよ」
「おや」
 素早い動きでイヴァンの短冊を掠め取った。どうせ聞いても教えてくれないだろうし、こっちも奪うしかない。短冊を見ればそこには『この馬鹿にも春が来ますように』と書いてあった。
「……これどういう意味だ」
「言葉通りの意味ですよ」
 返しながら聞くが、どうやら他意はないらしい。マジか。
「言葉通りの意味なら、お前が俺の幸せを願ってる感じになるけど?」
「…………そもそも貴方のことだなんて書いてませんよ――おや、中々立派な笹ですね」
「おぉすげぇ」
 あからさまに話を逸らされたが、まぁいい。こいつも意外といいところあんのがわかったし。それはそれとして、イヴァンの言うとおり庭には結構デカめの笹が置いてあった。既に短冊が何枚か飾られているし、今まさに括り付けようとしている人もいる。というか、あの人じゃん。
「黒滝さんじゃないですか!」
「おぉ昨日ぶりだな」
 縁側から適当に置いてある突っ掛けを履き、ちょうど短冊を飾り終えた黒滝に走り寄る。
「こんなに早く再会するとは思いませんでしたよ」
 急いできた煌河に対し、イヴァンはゆっくりと歩きながら近づいてきた。
「お前も来てたのか」
「招集がかかったので」
「あぁ、親父はイベント事大好きだからな」
 不服そうなイヴァンを見て黒滝は苦笑した。
「ところで黒滝さんは何書いたんですか?」
「いや、まぁ、大したことじゃない」
 気になって聞いてみたが、どうやらあまり答えたくない様子だ。深追いしない方がいいかなと考えていると、
「教えてください。僕とても気になります。なんなら僕の短冊も見せるので」
 珍しくイヴァンがグイグイ聞いていた。
「別に見せなくて……おぉ、どうした? お前そんなこと書くんだな」
「読みましたね? では黒滝さんの短冊も見せてください」
「強引すぎるだろ……」
「仕方ないですね。ではこの人のも見せましょう。ほら」
「え、お、おう」
 いつになく積極的なイヴァンに気圧され、言われた通り黒滝に自分の短冊を見せる。
「……ふっ、はは。そうか、なるほどな。存外、仲良くやってんだな。ははは」
 黒滝は楽しそうに笑った。
「何笑っているんです? 別に仲良くありませんよ」
「そうですよ! さっきもこいつに腕捻じり上げられたし……」
「そうかそうか、まぁそういうことにしとくか。……いいもん見せてくれたし見せてやるか」
 黒滝はそう言って奥に括られている短冊を指差す。
「『あいつが楽しく暮らせますように』ですか。なるほど、なるほど」
「あいつって誰ですか?」
「あー猫だよ猫。じゃあ、俺はまだ仕事あるから。お前らも適当に帰んな」
 煌河の質問に答えると、黒滝はそそくさと行ってしまった。
「黒滝さん、だいぶ猫のこと気に入ってんだな」
「……貴方に春が来るなんて夢のまた夢ですかね」
「んだとてめぇ」
「ほらさっさと飾って帰りますよ」
 ふふっと笑いながらイヴァンが短冊を笹に括る。なんとなくだが、雰囲気がいつもの感じに戻った気がする。
 機嫌直ったっぽいな、飾る前に直るとは思わなかったけど。書き直すか考えたが、まぁ別にこのままでもいいかと短冊を括り付けた。
 これはこれで、思い出って感じでいいだろ。多分。

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