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郷に入らば、ヘアサロン

西アフリカ・トーゴ現地で法人を設立した唯一の日本人、中須俊治さんに「こっちの人の髪型やってみはったらどうですか。郷に入らば郷に従えということで」と言われるまで、アフリカンヘアスタイルにしてみたいと思ったことは人生で一度もなかった。あっさりとした自分の顔立ちに似合うイメージが全く湧かなかったからだ。

その時私たちは、トーゴのパリメという町から首都のロメへ向かう車の中にいて、あと2時間後には中須さんはロメ空港からエチオピア 経由で日本へ、私はそのままロメに数日滞在するために友人のPassiとの待ち合わせ場所へと向かう途中だった。

郷に入ってみる手段として、こちらの人と同じ髪型にしてみる。
なるほどそれはやってみる価値はありそうだと思い、中須さんと別れた後、さっそくPassiの友人が働いているというヘアサロンに連れて行ってもらった。

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ヘアサロンの入口

店に入ると、左側に大きな鏡と椅子が3つ。誰もいない。奥に進んでピンクのドアを開けると、10人ほどの女性たちが膝をつけ合わすように座っていた。賑やかなおしゃべりがぴたりとやみ、こちらに一斉に視線が集まる。

Passiが要件を伝えると、リーダーと思われる女性が無表情に、壁に貼られたたくさんのヘアスタイルのポスターを顎でしゃくり、射抜くような目でどれがいいか選べと言う。そう言われてもどれが自分に似合うのかさっぱり検討がつかない。期待していたよりもはるかに無愛想な8人の視線に囲まれ、冷や汗をかく。なんでもいいやと焦りながら、一番大きな写真を指差す。長い編み込みスタイル。OK、とリーダーがやはり無表情に頷き席に通される。

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ずらりと並ぶエクステンション

次に、壁一面に並んだエクステンション(人工毛)の中から、どれがいいか選べとまた無愛想に射抜かれる。また焦る。相談する隙がない。無難な黒や茶にしようかと思ったが、いや待てよ、これは郷に入るための実験なのだから思い切った色でもいいんじゃないか。ということでうんと明るいオレンジを選ぶ。

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袋から取り出し、ブラシをかける

3パック分のエクステンションを含めて9000CFA(約1800円)、3時間くらいで仕上がるとのこと。先に価格と時間を示してくれるのは安心。

ぐるりと取り囲まれながら、いよいよスタート。中には赤ちゃんをおぶっている人もいる。まず髪をとかしてブロックに分け、エクステンションを絡ませながら、根元を少しずつ編み込んでいく。

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8人に取り囲まれるものの、実際に手を動かすのは3名のみ。
①リーダー(根元5センチくらいを編み上げていく)
②リーダーが編みやすいよう毛束を抑える人 
③エクステンションを小さい束にして渡す人

あとのメンバーはとにかく無言でじっと取り囲み続ける。実験台になったようで心地が悪い。

リーダーは信じられないほどわずかな髪の毛を、なめらかな手つきですくい取り黙々と編み込んでいく。ちょっとひっぱられて痛い。郷に入らば、と念じて我慢する。英語を少し話すスタッフが時々「痛くない?」と声をかけてくれるが、他のメンバーは基本的にずっと無言で無表情。部屋はじっとり暑く、ペットボトルの水を何度も飲む。

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2時間半以上経った頃だろうか。リーダーが全ての根元を編み終え「いいわよ」の声かけを合図に、四方八方から一斉に毛先までの編み上げ大会が始まる。ああ、ここは全員でやるのか、なんだかすごいと思いながら総仕上げにワクワクする。

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仕上がりは、私のあご丈の黒い地毛もしっかり編み込まれ、迫力の後ろ姿に。

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お礼を述べて支払いをすませたら、8人はまたさっさと奥の控えスペースに消えていった。



ヘアサロンから表に出ると、全てが変わってしまった。

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とにかく呼び止められる。「わぁ素敵、その髪どうしたの?」「こっちに来て見せて」「何パック使ったの」「一緒に写真を撮ろう!」「Whats Appの番号を教えて」

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もはや進むことができない。売り物のドリンクをくれたり、バイクからわざわざ降りて声をかけてくれたり、座っていけと止められたり。こちらのおばさんは可愛い可愛いと叫んだあと、家にご飯を食べにきなさいと。

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子供たちもどんどん寄ってきて話しかけてくれる。
ちょうど下校時間にぶつかり、立ち話していてふと振り向くと50人くらいの子供たちに囲まれていた。

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これまでも会釈したり笑顔をくれる人はたくさんいたけれども、思わず声をかけてくる、誘ってくる、わざわざ近づいてくる人はほとんどいなかった。

郷にはいらば郷に従え。
中須さんの言う通りだった。思っていた以上に。

1日目は毛根がずっと引っ張られ続けじっとりと痛かった。気持ちが昂っていたためか日中は気にならなかったものの、夜1人ホテルの部屋に戻ると、洗えないし重たいし、寝っ転がると髪のボリュームで首が起き上がってしまい、エクステンションがチクチクと背中を刺し、とどうやって寝たらいいのか分からない。痛みにイライラし軽いパニックになりつつも、うつ伏せになってようやく眠る。

数日このスタイルでトーゴで過ごし、そのまま日本に帰国した。経由したナイジェリアの空港でも、行きのときは何度も賄賂を要求されたのに、帰りはもっぱらヘアスタイルの話に集中。どこで、いくらで、何パックで?トーゴのアベポゾという町で、と答えると、トーゴの人はとてもアーティスティックで器用なのよね、と憧れのようなため息をつく人もいた。トーゴ 人がナイジェリアの人にそう思われているのかと発見だった。

トーゴ人の友人ナタリーが「その髪型をみて、みんなあなたが”私たちのカルチャーが好きなんだ”というのが分かって嬉しくなるのよ。私も一緒にいて誇らしいもの」とマーケットを歩きながら言った。

Passiはこの髪で彼のデザインしたTシャツを着た私を見て
"New hair, new style, new YOU.” とつぶやいた。

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郷に入らば。

痛くて、重くて、痒くて、肩は凝るし、寝る姿勢も決まらない。
でも、不思議と心が解放されエネルギーが満ちてくる。まるで水が土に浸みいるように地元の人と一瞬で繋げてくれるこのヘアスタイルを、アフリカの地を踏むときはまた絶対にやろうと心に決めている。

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