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【ホラー】法面の白百合【短編】

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■ 法面の白百合

 その宿は、緑豊かな山々に囲まれた、川のほとりにあった。
 到着した時はすでに夕暮れ時で、ドライブのせいで腰が痛い。
「うわっ」
 車を駐車場に停め、荷物を背負って顔を上げた時、滝沢は悲鳴を上げた。
 法面から人の手が突き出している。
「……なんだ……。百合か……」

 落ち着いて見れば、白い百合がポツポツと咲いている。
 まるで道標のように。

 宿の玄関で案内を請う。いかにも田舎のおばあさんといった女将が出迎えた。薄桃の着物がよく似合う、柔らかい笑顏にほっとする。

 かけ流しの温泉を堪能し、夕食になった。
 山菜の天ぷらや岩魚の塩焼き、塩漬けの筍、きんぴらごぼうに温泉卵など、色とりどりの料理がテーブルに並ぶ。
「都会の方にこんなものが口に合うかどうか」
 鹿肉のハンバーグは都会では食べられない味だ。
「みんな美味しいです、最高です」
「ありがとうございます」
「疲れが取れます、本当に……。さっきも変な見間違いを」
「どうされました?」
「駐車場の法面に、白い野生の百合が咲いているでしょう。それが人の手に見えて。職場からそのまま運転してきたので疲れたんでしょう」
「でしたら、寝しなの話だと思って、こんな話はいかがですか」

 
「昭和の始めごろ、近所にある洋館が建ちましてねえ。ある一家が引っ越してきたんです」

 ビールを自分でグラスに注ぎ、続きを待つ。

「大学教授をしていたご主人と、奥様。娘さんがおりました。名前はえりなさん。女中も3人いて、今でいうメイド服を着てましてね、ええ、みんな可愛らしかったですよ」
 お金持ちだったのかな。

「えりなさんは、ほんのり茶色の髪で、瞳も薄い茶色で、いつもモスグリーンのワンピースを着ておりました。両親はともに日本人でしたが、こう、お人形さんのような……。田舎で、彼女は非常に目立っておりました」

「あの日、煮物を作って持っていったら、玄関が開いていたんです。中では、ご主人、奥様、娘さん、女中さんたちが、全員……死んでおりました。緑色の美しい大皿が転がっておりました」
「……え……」
「急いで家に帰って警察を呼んでもらいました。誤飲ということで、処理されたと思います。昔は土葬でした。一人ずつ、木製の桶のようなものに膝をかかえて座る形にしてね、埋めるんです」
「はあ」
「遺体は白装束に着替えさせてましたけど、えりなさんのワンピースは、一緒にいれられました。可愛い服がある方がいいだろうと」

 にこにこと笑いながら、女将はお茶を入れてくれた。

「えりなさんのことが大好きだったから、嬉しかったですよ」
「……嬉しかった……?」
「大好きな人が、家の近くで眠っていると思ったら、嬉しくないですか?」
 なかなかに変わった感性をお持ちだ。
「もう少し、近いほうがいいなと思って、お墓を掘り起こして、えりなさんを連れ出したんです。あら、喋りすぎてしまいましたね。ごゆっくりどうぞ」

 仕事に戻る。女将から聞いた話が妙にリアルだったことを思い出し、職場のパソコンで、宿のある地名や、えりな、と入力し検索してみた。

『昭和○○年、△△村、一家全滅』
『毒草を誤って調理した可能性、警察は事件性なしと判断』

 画質の悪い、古い写真の画像には、女の子も映っている。彼女がえりな、なのだろう。モノクロの写真では、ワンピースがモスグリーンなのかはわからない。退勤し、警視庁に知り合いの警部を尋ねた。
「鏡原さん、ちょっと……」
 警視庁名物の薄いコーヒーを淹れてくれた鏡原は、最後まで話を聞いてくれた。待ってろと資料を持ってきてくれた。

「友達が死んで、嬉しかったなんて……。老婆とはいえ、ちょっと気になって」
「うん。滝沢。まず落ち着いて欲しい。資料を見る限り、殺人事件としてではなく、事故という扱いで処理している。つまりこれは『事件』にすらなっていない」
「女将さんは、全員死んでたってはっきり言ったんです。普通、忘れたくないですか。なぜそんなことを、客にわざわざ話したんでしょう」
「うん。言いたいことはわかる。事実だとすれば異常だ。……資料を見る限り、胃の中に、水仙の葉が入っていたらしい。有毒だ。万が一、その女将が子供の頃の話だ、煮物に間違って水仙の葉を入れたとしても、殺意があったか証明ができない」
「……」
 もうひとつ、死体を運んだという話だが。
「昔は土葬だったから、遺体を掘り起こして持っていくことはできるだろう。ただ、女の子が、いくら好きだからといって、友達の遺体を掘り起こすだろうか。誰にも見られずに、掘り起こして、死体を持っていって、更に別の場所に埋めるなんてことができるだろうか。可能性はあるだろうが、推測の域を出ない」

 女将にからかわれたんだよと、鏡原は笑い、資料のファイルを閉じた。

「可能性はある。殺したかもしれない。その友達が好きすぎて。死体を移動させたかもしれない。しかし、事件として再捜査はできんよ」


 その頃、宿の女将は、駐車場の法面に咲く百合に向かって話しかけていた。
「えりなちゃん、今日も、私の話を信じてもらえなかったわ……。誰かが、信じてくれて、あなたを掘り起こしてくれたら、出られるのにねえ」
『百合ちゃん、ここから出してよ』
「あなたが私を好きだと言ってくれるなら出してあげる。ずーっとそう言ってるじゃない」
『私と私の家族を殺したあなたを好きになれるはずがない』
「それなら、えりなちゃんはここから出れないわ。私と最後まで一緒にいるの」

 その後、滝沢は、豪雨で法面が崩壊し旅館の女将が亡くなったことを新聞で知った。




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