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今日は朝からお寺の境内を「世話方」の皆さんに掃除をしていただきました。 世話方(せわかた)とはお寺の行事や維持管理をしていただく方で、各地区から一〜二名ずつ選ばれております。 そして年間に数回、こうやって集まっていただき、お手伝いをしていただくのです。 この暑い時期にもかかわらずみんなで「刈払機やチェンソー」を使って除草をしていただきました。 中でも、三十年ものの「檜」が庫裏の屋根に覆いかぶさっていたのですが、ワイヤーで引っ張りながら切っていただきとても明る
私は。許せねえ!、と、憤ると、なんとなく、自分の心のどこかが病む。病む、と言うほどではなくても、凝る、肩凝りみたいな。 〇〇せねばならない、〇〇するなんて信じられない、〇〇するなんて許せない、などなど、人や物を断罪する私は、自分も断罪している、のかも。 良い人でありたい。だから、もしそれらの許せない「〇〇」をしてしまったら、わたしはわたしを許せないのだろう。そんな、罠をはってしまうのかもしれない、自分で自分をとらえる罠を。知らないうちに自分をしばって息苦しくしているのかも
初めて誰かさんの画像をお借りして載せてみました。ピッタリでありがたや。 あまりに怒りを感じてて、怒りと言う字がゲシュタルト崩壊起こしてるわ。 今回の記事は燃え盛る怒りをぶちまけるだけのブログなので、嫌な人はそっ閉じでお願いします。 なんのために書いてるかって、心理学を学んでる身としては自分の心を見つめ直したいし、スッキリして落ち着くので。 10時から出社して、店のオープン作業して、実母で認知症である社長と口論して、胃に激痛…休むために帰宅してます。 痛いよぅ… まぁ