仕事が忙しい6月だった。しかしながら、もう6月なのか。月日が経つのが早いな。なんてことが浮かぶ。10代の頃から月日の流れは早いと思っていたけれど、あれはまだ序章だったと言うことに気が付いた。 昔は嫌なことがあると早く終われーと願っていたが、そういうときに限って時の流れは緩やかに進み、しんどさが増していた。けど、年を取るたびにその緩やかさもなくなっていき「何とかなって」いく。もう、通常運転くらいのスピードで過ぎていく。 経験といえば聞こえはいいが、ただ単純に物事に対して受
「死んだ山田と教室」を読み終わった。楽しく読めるだけではなく「陰」から「陽」になった人間の気持ちが描かれている。この作品は面白いだけじゃない。「空っぽ」になったことのある人の為の物語でもある。 読み始めは純粋に物語に出てくる登場人物たちのやりとりを面白おかしく読ませてもらっていた。 しかし、1話目の終盤から「おやっ?」と思う展開が徐々に広がっていく。これは怪しいというよりも「大きいことではないけれど、何か不穏な気配がする」程度のものだが。まぁ、それは読んでいってもらったら、
ここ最近、ちょこちょことだがいろんなバンドのライブに行ったりしてる。 まぁ、主な理由は知り合いと楽しく遊びたいからってのが大きい。それ以外にも音を楽しんだり音を楽しんでる人達の反応など見て楽しんでおります。 自分にとっての音楽って音を楽しむもんであるし、言葉を楽しむもんでもあるし、周りにいる人達と同じ空間で楽しい気持ちを共鳴させるもんでもあると思っている。 正直、どんな音楽だとか別に関係なくて、自分の心に響いてきたものが好きというだけで、別に音楽に詳しいわけでもない。
取り留めて、何も変わらない日常を一日一日平々凡々に生きています。 こんにちは、たかゆきンです。 なんて言う挨拶にハマっているわけではありません。ただの文字数稼ぎです。ええ、私はそういう人間であります。 ここ最近は仕事が忙しい。年度末終わったのに仕事だらけで、いつが休みなのか把握すらしていない。いや、把握してるんだけど深く考えていてもやることが減るわけじゃないし、やることをやるだけなので流れに身を任せています。 まぁ、平日に代休取れたりするからそれはそれで…うん、良く
愛すべき推しが25歳となりました。沢山の幸せを噛み締めているのかなと想像するとニヤニヤしてしまいますね、こんばんは。 我が名はたかゆきン!美味し国、三重からnoteを書きにきた! なんて、ちょっとしたおふざけも言いたく…(ここで盥が落ちてくる) そんなこんなで(そんなこんなで?)本日も良いお天気で正しく「晴天」といったところです(推しである御守ミコの所属するグループ【きのホ。】の楽曲にかけました)(そもそもかかっていない)(勢いが過ぎる)(カッコが多すぎる) ふ
現在の時刻は22:40。 あともう少しで推し、御守ミコが誕生した日がやってくる。 そうなったらXのTLは推しの生誕を祝うメッセージだったり、イラストで溢れるだろう。 そんなとき、オレ自身はどういったお祝いをできるだろうかと今現在考えながらもこの文章を紡いでいる。 イラストを描くこともできないし、気の利いたメッセージを贈れるわけでもない。 なら、手紙に想いをしたためてみようかとも思った。手書きで伝えることが本当は正解なのだろうと。 でも、手紙では伝えられない言葉が
今年も無事に誕生日を迎えることができ、齢を重ねることができました。 去年も沢山の人にメッセージ等いただきまして、本当に嬉しかったです。今年もお祝いのメッセージ等、とても嬉しかったです。 歳を重ねるごとに人との付き合いって薄れていくのかなとか、狭くなっていくのかな、なんて考えたこともありましたが、オタクやったりバンドのライブ行ったりで今年も沢山の人と知り合えました。知り合ってくれた人、いっしょに楽しく過ごしてくれる人には感謝しかないです。 道で偶然に出会ったら龍角散投げ
異常歩行の思ひ出をノートに連連綴ろうかと思っているけれど、脳内で変換される言葉は唯一つ「楽しかったな…」で占められてしまっているし、他のミコ推し達が沢山思い出を綴っているということを言い訳にして、また後日に改めることにした。 なので、1/4の新年ライブの特典会でミコさんと話した「強さ」について。 今年の自分がどう「強く」なっていこうか考えたので、なんとなく書くことにした。 何故「強さ」について話したかと言うと、新春ライブ会場であるMUSEにメンバーそれぞれが書いた
それはなんだと問われれば、特典会で「ミコ守チェキ」を撮り続けていることだ。 最初は衣装が変わったタイミングや、特別な衣装の時だけに撮っていたのだが、ここ最近は1現場につき一枚、、このチェキを撮るようにしている(時と場合により、撮らないこともある。場所が狭かったりだと邪魔になったりするから。そのへんはある程度、気を使っているつもりだ) そもそも、ミコ守とはなんだ?となるが、ミコを守る者という意味でミコ守。 そのまんまの言葉である。意味もないくらい、そのまんまである
きのホ。2周年ライブの時にメンバー一人一人に本を贈ってみた。 ミコさんには何回も贈ったことあるし、らねちゃんや小清水にも贈ったことがあるんだが、こはるちゃんとくるちゃんには贈ったことがないなぁとなり、せっかくの2周年だし皆に本を贈ってみよという、それだけのこと。 選書に関してはすんなり決まったのもあったし、なかなかに悩んだのもあった。 合うかな合わないかな?とかね。 そう、一応、真剣には選んでいる。あくまでもその人の雰囲気に合わせてっていうだけやけど。 そして、選
気が付いたらというか、何と言うか、全然noteを書いてなかった。 別に忙しいわけでもない。単純に何かを書こうという気持ちがなかったような。書くという気持ちが整っていないような。 まぁ、そんな気持ちなのでリハビリがてら言葉を吐き出して紡いでみようと思う。 と、偉そうに前口上を叩いてみたのはいいけど、何を書きたいんだろ?特にないような気もする。 いや、あるけれど。このなんとなく書く言葉たちとは全然違うことなので、それはまた別にとっておこう。 日々、生きて本を読んで人
小説を読んでいたり、SNSを眺めていると、ふと浮かぶことがある。 文字の先にあるものってなんだろうなって。 おやおや、そんな不思議なことを考えてどうしたんだい?とか思われるかもしれないけれど、文章を読んでいたり、文字だけを追っていると文字の先にある感情や動きみたいなものがあるような気がしてきて仕方ない。 自分の感情の波だったり、相手の感情の波だったり、そのときの心の調子もあるんだろうけれど。 文字を読むということは相手のことを想像するということでもあって、少なから
4/22土曜日、キャッチオールのツアーに行ってきた。 キャッチオールのバンド、それ以外のバンドの入り混じった、とてもとても熱量の高いライブを味わい、何かnoteに気持ち的なものを書きたくなったので記しておく。 ライブっていうものは集客が多くて、人で溢れ返る空間になればなるほど、否が応でも盛り上がる。 それは人の数だけ、フロアに熱が籠もるから。 けれど、人の数だけで測ることのできない熱量がある。 それを今回のキャッチオールツアーで改めて実感したからだ。
推しである御守ミコの生誕がやってきた。 Twitterのタイムラインではミコ推しや彼女の所属するアイドルグループである「きのホ。」のファンの人達の愛のあるお祝いメッセージや絵などで溢れている。 オタク一人一人が【御守ミコ】に伝えたい思いを改めて伝えられる日。というわけではないけれど、やはり推しが生まれた日というのは感謝を伝えたい日になる。 純粋にお誕生日おめでとうとか、好きですとか、生まれてきてくれてありがとう等。 言葉や行動として示しても示しきれないほどの気持
「やりたいと思ったこと、やれると思ったことは、気持ちが冷める前にやりなさい」 これは父さんからよく聞かされる言葉だ。ことあるごとに聞かされて育ってしまったのか、今となっては興味の対象を発見すると、体が反応してしまうようになった。 「考える前に行動が伴うように動けば、自分が何をやれるのかやれないのか、わかってくるからね」 小学生だった俺の頭を撫でながら、何処か誇らしげに父さんは語っていた。目をキラキラさせてそんなことを語る父さんの言葉がとても素敵なことのように思えて「こんな
芥川龍之介生誕おめでとうございます。ということで3月1日です。こんばんは、僕はいつでも元気です。 芥川龍之介の誕生日でもある本日、自分の誕生日も無事迎えられることができた。素敵な文豪と同じ誕生日というものを誇らしく思うと同時に誕生日というものは他人のもののように見ている自分がいた。粛々と始まり、粛々と終わる。そんな一日だと。 捻くれていると言われれば、そうなのかもしれないけど特に捻くれている訳でもなく、自分に対しては「生まれた日」というものなだけに感じているから。