真夏の一撃

夏。今年は猛暑だとうるさい。テレビでその言葉を聞くたびに、あー、部活なくてよかった。といまだに思ってしまう。この温度で、冷房のない体育館で剣道やってたら、死んでただろーなー。

いつか誰かを守れるように強くなりたい、剣心みたいに。そんな風に剣道を始めたと周りに話しているけど、実際は友だちが剣道場に体験に行くからついていき、練習も試合もわりと時間短いし、服装かっこいいし、これなら私もできるかな?という感じだった。

小学5年生から、高校3年の夏まで。一番頑張ったのは剣道だとはっきり言える。約7年くらいか。でも中学校高校は休みなくほぼ毎日部活だったから、相当な時間を費やした。

剣道は、稽古の前後に「黙想」をする。みんなで並んで正座をして、30秒〜1分間程度、膝の上で手を合わせ、目を瞑り静かに無を想う。
黙想の時間どうすればいいか、に関しては諸説あるが、私が最初の先生に教わったのは「なにも考えない」こと。でもそれは11歳の私には難しかった。その代わり、大好きな先生に褒めてもらいたかったので、どう褒めてもらうか。を、今思えば考えていた気がする。

稽古が終わると、先生のところに一人ずつ行き、正座で一礼して、その日の稽古に関するアドバイスをいただく。最初の道場の先生は本当に優しかったので、基本的には褒めてくれたし、私が中学で剣道部に入ったことをとても喜んでくれた。先生の奥さんも同じ剣道の先生で、その二人はいつも強くて優しくてだいすきだった。

だが、そもそも中学校に入学した際は、吹奏楽部に入部届を提出していた。でも色々あり(本当につまらない理由)、1か月半で辞めて、剣道部に入った。他のスポーツも考えたけど、結局少しはできる剣道なら、まだ追いつけると思ったのだ。クラスの担任に相談し、入部届を持って行った。

初めて話しかけた顧問。忘れもしない。すみません、あの、入部届をもってきたんですけど・・・と言ったら、坊主のヤ●ザみたいな人が私を見た。「で?」いや、えーと、入部を・・・「おまえだれだ?」あ、後藤です。こ、これもってきたんですけど、ハンコください・・・・「もってきたからなんだよ」ヒエー!!!!なんだこのやり取りは!!!!!!!と硬直する私に、「入部させてくださいお願いしますだろ?」と言いながら彼は去っていった。怖い、やばすぎる。彼の背後に向かって叫んだ。入部させてくださいお願いします!!!!!「はい。いつから来んだ?」えっとじゃあ・・・明日で・・・・・!!!!!!

ということで剣道部ならぬヤ●ザ部に入部した。今まで生きてきて28年、いまだにあの人より怖かった人がいない。正直、仕事とかで怖いお偉いさんとか出てきても、全然怖くないしスラスラしゃべれる。あの人のおかげでもある。

その人のつける稽古は、まじでドギツイものだった。とにかくその人に相対すると吹っ飛ばされ、急いで立とうとすると上から竹刀でノドのところを押さえつけられる。一ミリも動けない。それが1日に3回くらい。泣いたりしようもんなら、うるさいから帰れ。体調悪くてトイレから出れなくなっても、帰れ。稽古に来るな。部活の1日休みは3か月に1回くらい。いま考えると、というかその発言の数々を思い返すと、誰かが変なこと言ったら危なかったんじゃ・・という気さえしてくる。

それでも。おかげでメキメキ上達した。女部長になったし(男部長もいる)、先輩のチームでレギュラーになったし、後輩たくさんはいったし。地区大会で優勝候補ボロカスに負かして、そこの顧問に練習試合でさんざんいびられたけどヤ●ザ顧問が倍いびり返したりして。各部活を組に例えると(おい)、私の親分はいいんじゃないか?とさえ思っていた。冷酷で残酷だけど、結果は出す。言葉で多く語る人ではなかったけど、厳しいながらも認めてくれている部分がある、と思えていた。

あるとき、顧問に「お前、勝つ方法知ってるか?」と言われた。私は考えて、部活以外の時間でも素振りするとか筋トレするとか云々答えた。「まったく違う。考え続けろ。剣道のことばっかり。部活の時間だけ、試合の時だけ、勝つ方法を考えているやつが勝てるはずない。起きてすぐ、ご飯中もトイレもお風呂も廊下を歩く時も、授業とテストを除いて、ずっと剣道のこと考えてろ」。ず、っと。「お前がくだらないこと考えたり、だらける暇あるなら小さい脳みそで考えろっつってんだよ」確か、実際の言い方はこんな感じだったと思う。それが、勝つ方法なのかピンとこなかったが、私は従順だったため、言われた通りに考えることにした。

練習の反省。細かくやる。あの先輩に取られた一本、その手前で何か自分にミスがあったのだろうか。ていうかあの絶対勝てない先輩、いつもこの手で私に勝とうとしてくるな。つまり私にいけないところがあるのかもしれない。そもそも毎日している素振りのときに、私何考えてたっけ?

正直、この方法の効果は私にとってはてきめんで、頭で考えることで体を動かさなくても練習が出来、さまざまなことを頭で理解し、それから練習で実践することができた。もちろん、漫画読んでアニメ見て好きな男の子と一緒に帰って、全然違うことは考えてた。それでも、トイレもお風呂も、ゆっくり入って考えていた。これは、いま私が何かをするときにおいても同じようにしている。だから考えすぎてしまうこともあるけど、思考のクセがついているように感じる。

その顧問が言ったことはほかにもある。「お前、黙想のとき、何考えてんだ?」えっと、黙想のときは、無、です。「ばかか?」あ、いや…そう習って…。「黙想の後、練習がはじまるだろ。そこで使える一撃、考えろよ」い、一撃…「無とか言ってる暇があるなら、いつものクソみたいな練習にならないように、一撃を考えて、誰かから一本取って来いよ」。

暑い部屋で、この言葉を思い出していた。28歳。BMIが「やや肥満」に差し掛かろうとしてる。一撃を考えなければいけない。



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