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好きになった相手に愛されたい。

普段は映画を見る方が多く好きだったりしたのですが、最近になり漫画を読むことが多くなりました。漫画は元々小さい頃から好きだったけど、いつからかあまり読まなくなってしまいました。でも漫画のコマ割りとか絵を見るのが好きで、それは結局大人、というか成人した今でも変わらず好きなんだと再確認しました。好きなものって変わることもあれば変わらないこともたくさんあるんだと。

最近読んだ中でとてもとても良かったのが、紀伊カンナさんの作品"雪の下のクオリア"です。

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少し前の作品ですが、好きになったきっかけは、紀伊さんのエトランゼシリーズにハマったから。(今週末に映画が公開されますね)

紀伊さんのあたたかみのある絵と細かく書き込まれた美しい背景の描写、コマ割りや深い台詞など、わたしのツボにハマりました。その丁寧な背景描写や美味しそうなご飯はまるでジブリ作品のようだと思えるくらいです。そんな作風が好きなので紀伊さんの作品は全て読んでいます。が、この雪の下のクオリアはその中でも個人的にダントツ好きなのです。

【あらすじ】『草木が好きで人嫌いな小林明夫。同性と一度きりの関係を繰り返す大橋海。 二人は同じ大学で同じ学生寮だった。 海が明夫に懐き、明夫も少しずつ海に気を許すようになっていく。 だが、ある日、海は明夫に「先輩は寝なくても一緒にいてくれるから優しいです」と言う。 明夫はそんな海のことが理解できなくて……。 好きになった相手に愛されたい。そう思っているのはどちらだったのか?』

一応BL作品であるのですが、この作品はBLという枠には収まらない何かがあると思います。いろんな人に、たくさんの人に読んで欲しいと思うのです。私はBLをあまり読まないのですが、紀伊さんの作品や中村明日美子さんの同級生シリーズは作品の空気感やストーリーが好きで読んでいます。BLというより、恋をして、好きな人と好きな人が一緒になる、それはどんな恋愛漫画でも一緒なのではないかと思います。食わず嫌いは良くない、作品と出会って読んで、もっと素敵な世界もあるんだとわかりました。


さてこの作品ですが、とても淡々と日常を描いたもので、恋愛漫画ではありますが、それよりもっと人と人との繋がりや人の抱える痛みの話だと思いました。それを紀伊さんは柔らかなタッチで描いてくれてますので、とても読みやすいですし、切なくて温かい気持ちになれます。

私は人の痛みを丁寧に描いた作品が好きで、なぜかというと私も含めいろんな人たちは痛みを抱えながら日々生きていて、それを描いたものをみたり読んだりするととても身近に感じるからです。この世の中で、私もですが、痛みを見られないように隠して生きてる人って多いと思います。痛みというものは悲しくなるし辛いし消したくなるもので、でもそう簡単には消えてくれない厄介なものです。この作品の2人も同様に痛みを抱えて生きています。明夫は小さい頃父が出て行ってしまったっきり帰ってこなかった寂しさと悲しみ、海は同性を好きということを好きな人に打ち明けたが、その人が突然姿を消して他の女性と結婚してしまった過去の痛み。明夫はそんな大嫌いな父がよく吸っていた煙草を吸い、もらった植物図鑑を大事そうにそばにおいている。海は過去の悲しい記憶と痛みを繰り返さず忘れようと、特定の人とは付き合わず、いつもへらへら笑っている。痛みに対して対照的な2人が出会い、お互い徐々に変化していきます。

作品のタイトルにもあるように最初は寒い冬から始まります。そして雪が溶けて春になり、桜が舞い散る。あたたかくなり緑が生茂り、夏になる。昭夫と海の関係も四季と同様に、まるで雪解けのようにぎこちなかった空気が溶け、近づき深まっていきます。その季節の、2人の関係性の移り変わりがとてもとても美しいのです。決して多くない台詞と隅々まで描きこまれた背景。何度も何度も読み返してしまいます。

静かにゆっくり進むこの作品は背景の美しさとコマ割りが上手いので、どんどん引き込まれるのですが、台詞もまた刺さるものが多いのです。この記事のタイトルにした"好きになった相手に愛されたいのはお前だろ。"という海に対する明夫の台詞もとても好きだったり、終盤のピクニックでたばこはもう吸わないと言う明夫に海が何故?と聞き、それに対する答えで"お前といると、面倒だし鬱陶しいし、うんざりすることばっかだけど、なんか優しくしたくなるよ。なんでだろうな"と明夫が言う台詞もとても好きです。

そんな中でも特に印象的だったのは、

"好きな人がいなくなったら悲しいよな。それで少しおかしくなったとしても、仕方ないかもな。"

わたしが好きな台詞のひとつです。

過去の悲しい記憶、当時泣かなかった海はそれを思い出して涙が止まらなくなります。普段ぶっきらぼうな明夫が、そんな海を抱きしめて、大嫌いな自分の父を思い出しながら言う台詞です。本当は俺、父さんのこと好きだったんだよなあ、と言いながら。私は泣いてしまいました。この言葉に何だか救われたような気がしました。悲しい、辛いと思った時に、大丈夫だよ!と言われるのがいい時もあれば、それが負担になってしまう時もある。悲しいことを、そうだね、悲しいよね、って言ってそっと抱きしめてくれる方が救われることもあるんだと。痛みを否定したり、消そうとするのではなく、痛みに寄り添い、抱きしめて、受け止めることで自分を救うことができるのかもしれないとこのシーンを見て思いました。明夫と海のように、恋人や親友とか関係に名前がつかなくても、それを言ってくれる人、存在がそばにいることがとても素敵だと思います。

好きなシーンはたくさんありますが、全体を通して流れるゆったりとした空気感がとても心地よくて、恋をするしないとか、付き合う付き合わないとか、カップルとか、恋愛要素はあるのですが恋愛がメインというわけではなく、痛みを抱えた青年と青年が出会うお話で、そうゆう漫画ってなんだか初めてで、私はとても新鮮に感じました。日常の些細なことまで切り取り丁寧に描いた作品です。ラストまで2人の関係性はあやふやなままですが、そこで終わるのがまたこの作品の良さをより素晴らしくしてるのではないかと思います。

最初にも書きましたがいろんな人にたくさんの人に、特に痛みを抱えている人に是非、この漫画を読んでほっこりした気持ちになって欲しいです。

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