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書くという行為は自分が選んでいるのではなく、やってくるもの

最後の投稿からちょうど2年も経ってしまいました。iPhoneにはネタのメモがたくさんあるのに、仕事の忙しさを理由に(そこまで忙しくはなかった)、2年もの月日が流れてしまいました。

2019年に残していたいくつかの下書きを読んで、2年半前に持っていた"伝えたい”というモチベーションを取り戻そうとしています。

といいながらも、週末に書き溜めるのがいいのか、今日のように夜時間ができた日に書くのがいいのか、朝早起きして書くのがいいのか… なんてどうでもいいことで悩んでいます(笑)。

今年2回読んだ「"それ"は在る」に、「やって来る思考は自分のものではない、と完全に気づきなさい。自分が選択したのではない、自分が決めたのではない。と完全に認識しなさい。その唯一の方法は、思考が起きるその瞬間を完全に目撃することだ。注意深くあり、思考が起きるその瞬間を完全に目撃してみなさい」と書かれています。

行動は「思考」にともなうわけなので、この書くという行為も言ってみれば自分が選択したわけではないということです。2年間も放置し、今日、突然、noteを開けようと思ったので、本当に不思議です。

「書き続ける」と私の脳がプログラムされているといいな。