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#005第四章 チャーチの人々

#カルト #統一協会 #入信 #脱会 #体験手記   #やま
#山下ユキヒサ

本文の前の「はじめに」

ボクの20代の数年間はカルトの記憶でした。

「カルトの記憶」は、

ボクの統一協会入信から脱会までの体験手記です。

 *

ボクはこの世界で生きる意味を与えられ、

仲間たちと共に毎日夜中まで活動に明け暮れました。

そこには、説明の要らないような青春のきらめきも確かにありました。

そして、もう一つ確かなことは、

落ちても落ちたことに気づかないような、

マインド・コントロールという〈落とし穴〉に、

ボクらはしっかりとはまり込んでいたのです。

 

カルトの記憶/目次
 
プロローグ

第一章 ブンブン

第二章 アジト

第三章 学生たち

★★★第四章 チャーチの人々

第五章 三軒茶屋

第六章 特急ロマンスカー

第七章 出口

エピローグ

主要参考文献
        

カルトの記憶

 

【第四章 チャーチの人々】


八一年の、春。

原理研のメンバーに別れを告げた日から、半年以上の月日が流れた。

学内で彼らを見かければ、最初の頃こそ会釈なども交わしていたが、そんなこともいつのまにかなくなっていた。

まるで見知らぬ者でも見るかのように、互いの視線はスルリと滑っていく。

どちらともなくそんなことが自然にできるようになっていた。関わりもなくなり、組織の軌道から外れてしまえばこんなもんだ。

あれからすっかり自分の生活を取り戻していた。昼間はアルバイトに精を出し、夜は大学に通うという二重生活。

それは楽ではなかったが、少しも辛いとは思わなかった。

たまには講義を自主休講にし、映画を観に行くこともあった。何よりも自分の時間を自分で使っているというあたりまえの毎日に満足していた。

原研で経験した記憶は日々遠くなり、日常生活の中ですっかり忘れ去っていた。

しかし、それがある日、目の前を過ぎ去ったと思っていたものが背後で緩やかな弧を描き、まるでブーメランのように再び目の前に現れたのだった。

一つの切掛けは母の転職だった。

我々親子はそれまでの小田急沿線の住居を離れ、転職先の目黒区に移り住んでいた。

東急東横線の学芸大学駅が最寄り駅となった。ここから通学は便利だった。

大学のある渋谷までは十五分足らずで行けた。毎日のように使うこの路線の駅前で、再び統一協会のメンバーを見かけるようになったのだ。

彼らは通称チャーチ(地区協会)のメンバーだった。チャーチとは、全国の各地区で活動している統一協会組織だ。

たとえば当時、東京の地区協会は十以上のエリアに区分されていた。その各エリア内で伝道活動を展開していたのがチャーチのメンバーだった。

したがって原理研究会という大学を拠点とした学生組織とでは、おのずとその構成員に違いが見られた。

ふふーん、やってるな。

彼らを初めて目にした日、すぐに解った。チャーチの存在や活動ぶりは原研でも耳にしていたからだ。

もちろん彼らは僕のことなど知りはしない。だが、彼らが何者なのかを僕は知っている。そんなことが泡立つように心をくすぐった。

駅前の雑踏を縫うように泳ぎ、自分たちとほぼ同世代である青年男女に声を掛けていく若者たち。

駅前で展開されている一つの情景の意味を、僕は了解していた。

多いときは十数名のメンバーが駅前に散らばり、熱心に声をかけている。

時間の余裕がありさえすれば、好奇心から彼らにジットリとした視線を向けることもあった。

ふ~ん、今日もあの背の高い、時代劇で映えそうな顔立ちの彼やってるやってる。

いつもツンと寝癖のあるエラの張った彼、今日はいないなー。

なんて知らず知らずのうち、名前を知らない彼らの顔や立ち振舞を覚え込んでいた。

薄暮れの学芸大学駅前。

改札口を抜けると、駅を起点として西口と東口には商店が連なっている。夕暮れどきともなればこの通りは買い物客で溢れる。

時間帯によっては肩が触れ合うほどの混みようだ。駅から西へ東へのどちらに向かっても、夕飯の献立に困りはしないだろう。

「さあー、安いよ、安いよ、まけとくよー」電車を降り立つと、商店街の活気は駅のホームにまで届いてくる。

改札を出るとすぐに一人の女性に声をかけられた。

「こんにちは~、青年のアンケートなんですがお願いできますかー」 

小柄でリスのような前歯の、大きな瞳が動くとクリクリッと本当に音がするような女の子だった。

「えっ、あの、もう知っているからいいですよ。これって原理でしょ。もうみんな知ってるから…いいですよ」

本当に断りたければ返事などしないで無視すればよかった。相手と目線を合わせず、しっかりと心を閉じ、無言で立ち去ればいい。

相手に取り付く島がないと思わせれば、どんな勧誘も封じ込めることができる。

しかし、声掛けに反応した僕の心の奥底には、相手の秘密を知っている自分を、その相手に見せつけたいという心理が働いたのかもしれない。

「エエッー、どうして知っているんですか…」

目を丸くして驚く彼女の反応に、得意になった。

「あのー実はね、前にやっていたんですよ、原研でね。修練会もセブンデイズや二十一修にも参加したし…だからみんな知っているんですよ。みなさんたち、これ、伝道しているんでしょ?」

「え…ええ、そうです。で、今はやっていないんですか?」

「ええ、いろいろあってもう辞めたっていうか、だいたいまだ正式に入ったという感じじゃなかったから…」

「えー、それじゃあ是非もう一度学んでみませんか。ホームもすぐ近くにあるんですよ」糸川麗子と名乗るこの女性は、もう一度学ぶことをしきりに勧めてきた。

いいよ、いいよ、もう十分知っているからと断ってはいたが、同年代の女の子のクリックリの瞳に勧められるうち、なんだか引くに引けなくなってしまった。どちらとも決めかねている気持ちを持て余し、相手にその判断を預けるような格好でこう切り出した。

「じゃあね、こういうのどうですか。原研は一応見てきたので、社会勉強のつもりでチャーチも覗いてもいいかなという気持ちはあります。

でもそれはまったくの興味本位です。それでも大丈夫ですか?
それでもいいというのなら、行ってもいいですけど…」

ほんの興味本位だよ。そんな自分の姿勢を見せつけたら、相手の態度はどう変化するのか。

少しでも尻込みするようなら、戸惑うその隙にくるりと背を向ければいい。自分の中の意地悪な思いが、相手を試してみろよ、そうささやいた。

間違いなく、困惑した表情が浮かぶだろうと、思って、いた。

「ええ、いいですよ。大歓迎です」

即答だった。

戸惑いなど微塵も見せない態度にこちらが驚いた。彼女のケロリとした顔が、僕に向けられている。クリックリ。

ああ、やられた。

ついさっきまで自分の方が優位に話しを進めていたはずなのに、突然の形成逆転。

自分の言い出した言葉に、どうにも引っ込みのつかなくなった。
僕は彼女と再会の約束を取り交わし、その日は別れた。

 
 *


一週間後。

約束の場所に行くと、彼女はすでに待っていた。

僕を見つけた途端に笑顔が弾けた。

「こんにちはー。ああ、よかった。ちゃんと来てくれたんですねー」その言葉には喜びと安堵が入り交じっていた。

「ええ、まあ、約束ですから…」

彼女が無邪気に喜んでいる姿に、内心多いに照れていた。約束したから仕方無く…そんな照れ隠しのポーズなど、彼女の前では何の意味もないというのに。

「それじゃ、行きましょうか」彼女の促しで並んで歩きだす。

来るのか来ないのか、祈りながらきっとその胸を振り子のように揺らしていたにちがいない。

歩いて十分程だというホームに、二人は向かった。嬉しさの余韻を噛み締めるように、ゆっくりとした足取りの中で、彼女はポツリポツリと語り始めた。

…街頭で声を掛け、立ち止まってくれたら話をするんです。そのままホームに来てもらえない人とは、後日会うように約束します。

本当に来てくれるとすごく嬉しいけど、でも山下さんみたいに、約束通り来てくれる人はなかなかいないんですよね。

約束をした相手が来ないと悲しくなるし、落ち込んでしまう。それもかなり打ち解けて話しができたと思った相手に約束を破られると、そんなことが続いたりすると、ちょっとした人間不信にもなっちゃうんです。

自分のどこがいけなかったんだろうとか、知らないうちに気に触ること言ったんじゃないかとか、いろいろ考えちゃうんですよね。…でも今日は来てくれてよかった。約束事をきちんと守る山下さんは、とても責任感が強いんですね…

 駅前で繰り広げられる伝道活動の歓びと哀しみ。

そんな彼らの活動の一喜一憂を垣間見る思いがした。と同時に、ここから始まっていくんだなと彼女の話を感慨深く聴いていた。

彼らは「青年の意識調査のアンケートです。お願いします」という言葉で青年たちに声を掛ける。

立ち止まるのは五人に一人か、十人に一人か、ヘタをすると二十人に一人の若者が立ち止まるだけだ。このあたりの確率論はまったくの日替わりで、定まるものではないらしい。

あたりまえのことだが、統一協会の会員になる人とは、統一協会員に声を掛けられて立ち止まった人間だ。

そして、立ち止まった人間の中から、とにかく立ち止まって話を聞いた人間が、統一協会との関わりを結んでいく。

人生とはこのようなものであるのかもしれない。

人は何の前で立ち止まるのか。そしてどんなドアを開くのか。単純だけどそんなことが、人生を思いもかけない方向へ導いていくものなのかもしれない。

  *

東口商店街をポクポクと歩く。

春のやわらかい陽射しが、若い二人をベールのように包んでいた。

商店街を抜けると通りに出た。車をやり過ごし横切ると路地に入る。両脇を塀で囲われた細い路地だ。

「もうすぐです。もう、着きますよ」彼女は言った。突き当たりを右に曲がり少し行くと、視界が急に広がった。そこに巨大な建造物が現れる。

それはぴかぴかの八階建てのマンションだった。ここに〈ホーム〉があるという。

ヘェー、こんないいところホームがあるんだ。チャーチはきっと金があるんだな…原研とはえらい違いだ…。

そんな驚きを言葉にはしなかった。エントランスを入りエレベーターに乗り込む。

ちょうど一年前、原理研究会のホームを訪れたときのことを思い出していた。あのときは赤錆びだらけの外付けの鉄の階段を上った。

そして、あのホームの玄関扉の合板は、所々剥がれてもいた。今の僕の状況を知ったら、彼らはいったいどう思うだろうか?

カクンッ。

微細な反動を残して密室は空中に静止した。エレベーターを出て通路を歩く。

幾つかの玄関ドアをやり過ごすと、あるドアの前に彼女は立ち止まった。しかしここが統一協会のホームであることを知らせるようなものなど何処にも見当らなかった。

それはあの原理研究会のホームでも同じだった。彼女はインターフォンを押した。糸川さんがドアを開けると、笑顔の女性が出迎えてくれる。「いらっしゃい、山下さんですね。お待ちしていました」

「あ、どうも、こんにちは」

「さあ、どうぞ上がって下さい」

明るく迎えてくれたのは、三十代前半と思われる細身の女性だった。

阿川美津子と名乗るこの女性は、ここの責任者で支部長という立場だという。彼女は笑うと目がなくなって、その部分には「ハ」の字の深い切れ込みができた。

人懐っこい愛嬌のある面立ちだった。言葉の語尾には、東北訛りがどことなく滲んでいた。

気持ちのよい出迎えの応対。僕の来訪に備えてかこざっぱりと片付けられた部屋。閑静な住宅街を見下ろすように建つ新築マンションの五階。

その和室はとても静かだった。

テーブルにお茶が運ばれる。

僕は緊張気味に自己紹介をする。下地ができているのでお互いに話は早かった。

互いが互いのことを口にするたび、張り詰めた空気の角がしだいに取れ、丸みを帯びていく。

 

紅茶と苺のショートケーキ

笑顔と褒め

たっぷりの傾聴

反応としての饒舌

心地よい会話

ユーモア

屈託のない笑い

共感する心

リラックスする心と躰

軽やかなジョーク

打ち解けた笑い

会話の中に、宗教的な話題が織り込まれていく。

原研のときと同じだ。お互いの心理的距離が除々に縮まり、螺旋階段をゆっくりと上っていくように、互いの理解が深まる。新興宗教はその勧誘活動の中に、カウンセリング的技法を取り込んでいる場合が多い。

つまりそこには相手への親身な共感と傾聴があり、伝道者は受容的態度に満ちている。

ほんのさっき顔を合わせた相手が、傍らで親しげに笑っている。数年前の、十数年前のエピソードを僕から引き出しながら、念入りに褒めたり感心したりしている。

なんだかこれはとても心地よい体験だった。ゆったりとした受容体験の中で、僕は奥底にしまっていた自分を知らないうちに語っていたのかもしれない。ふだん自分でも気付かない自分が、ひょっこり顔を出していたのかもしれない。

玄関ドアが開く音がして、はしゃいだ声が聞こえてきた。

「ああ、いらっしゃい。山下さんですよね」

「こんにちは、よくいらっしゃいました」

三人のメンバーが帰ってきた。紹介され挨拶を交わす。今日の僕の訪問は他のメンバーにも知らされているようだった。

歓迎されている自分。親しくもてなそうとするみんなの好意を嬉しく感じた。会話に新しいメンバーが加わり、思いの他話し込んでしまったことに気付く。

来訪してからあっという間に三時間余りが過ぎていた。愉しい時間は過ぎるのが早い。心が知覚する時間感覚と物理的時間の差異。

そこには異なった針の回転速度があるのだろう。そろそろ時間だといとまを告げた。

玄関で靴を履く僕に、阿川支部長は声を掛けた。

「じゃ、山下さん、また是非来て下さいね。山下さん自身はっきりとは気付いていないかもしれないけれど、心の深いところで山下さんは本当に神様を求めているんですよ。神様は今までずっと山下さんに呼びかけ、導いてこられたんです。

是非、是非もう一度この原理(統一協会の教義)を一緒に学んでいきましょうよ。この原理には神様の心情が表されているんですよ。頑張ってみましょうよ。また、ゆっくりと話しましょう」

本当の僕は心の奥底で神様を求めている?

その神が僕を導いてきた、だって?

帰り際に、ポンッと大きな宿題を渡された気がした。

「それじゃ、どうも…」小さく会釈をして外に出た。

糸川さんが駅まで送ってくれるというので、二人でマンションを出た。女性が男性を見送る。

そんなこといいのにと思いながらも悪い気はしなかった。

なんだか久し振りによく話したという満足感が、満ち足りた余韻となっていた。駅までの道のりで糸川さんと次の約束をした。彼女は某大学の薬学部の学生で、大学の講義のこともあり、都合のよい日を互いに知らせ合った。

次回もやはり来週の木曜日、午後三時過ぎがいいようだ。

「じゃ、来週もまた同じ木曜日ということで…」

別れ際糸川さんが微笑んだ。リスのような前歯が覗いたとき、彼女のことをなんだかかわいいなと思った。

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