掌編小説「指先のメッセージ」(春ピリカグランプリ2023応募作品)
気がつくと、俺は高校生に戻っていた。
目の前の席には、野球部でバッテリーを組むことになる河崎の後頭部がある。
どうやら今は、高校に入学したばかりの春のようだ。
クラスを見渡して、彼女を探す。
しかし、あの頃の彼女の姿は見当たらない。
「なあ、河崎。古賀さんてどこ?」
「あ? 席、名前順だから、『古賀』だったらお前の後ろじゃん? って、後ろは佐々木か」
どういうことだ。これはタイムスリップ? いや、流行りの転生? それとも、ただの夢か?
「俺、探してくる」
「おい! 原先、もう来るぞ!」
ここでも担任は原先生なのか。なぜ、梓だけがいないんだ。
俺と梓はクラスメイトだった。梓は口数少なくとも目で語る大人びた人で、俺は一目惚れした。席が前後という幸運のおかげで、彼女の苦手な数学を教えることになった時には、彼女の指先が俺の背中を突いて呼ぶ度に胸が高鳴った。
そんな彼女と付き合って、大学卒業と同時に結婚をすることになるとは、高校生の俺は思いもしなかっただろう。今も、左手の薬指には銀色の指輪が輝いている。
「結婚したのは、夢じゃないんだよ。なのに、なんでいないんだよ」
夢ならば醒めるまで待てばいい。だが、なぜか心が騒いで「彼女に会わなければ」と思わずにいられない。
「そうだ、屋上」
彼女に告白をした場所を思い出し、全力で階段を駆け上がる。
「梓!」
屋上の扉を勢いよく開けると、制服姿の梓がフェンスの手前に立って、こちらを指さしていた。
「よかった、会いたかった」
彼女の元に駆け寄り、冷えた身体を抱きしめる。
「なんで、こんなところにいたんだ。探したんだよ」
「あそこにいたの」
彼女が指さした方角には、学校から見えるはずのない海があった。
そうだ……、海。俺たちは車で海に向かっていた。
会社に入社したての俺たちは金も有休もなく、一泊二日で熱海に新婚旅行に行くことに決めた。
早朝に二人でおにぎりを作って、俺の運転で熱海に向かって……。
あれ、俺たちは熱海に着いたのか? 記憶が途中でぷつりと切れている。
「あ! 梓、指輪はどうしたんだよ! 失くしたのか?」
彼女が結婚指輪をはめていないことに気づき慌てる俺をよそに、彼女は静かに口を開いた。
「大切なものは、ここにある」
彼女は再び俺の腹辺りを指す。……膵臓を指しているのか?
「なに言ってるんだよ。俺にとって大切なのは梓だよ」
「いちばんすきなものをみつけたら、たいせつにしてしぬまでいきて」
梓はどんな顔をしていただろう。いつか教えてくれた谷川俊太郎の詩の一節が聞こえて、景色は突然暗転した──。
*
目を覚ますと、目の前には真っ白な天井があった。規則正しいリズムの機械音。そして、消毒液の臭い。
「梓さんも健介の中で生きられたら、きっと幸せよ」
姉さん、何を言っているんだ。梓はどこにいるんだ?
なぜ俺は指輪をふたつ握っているんだ。
──誰か、教えてくれ。
了
(本文1199文字)
#春ピリカ応募
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テーマは、「ゆび」。「ゆび」って奥深い…!
今回は、珍しくミステリー風の作品を書いてみました。
「ゆび」って「声のない言葉」だな、と感じています。
物語の真相は、読んでくれたあなた次第……!?
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