【歌舞伎鳩】狐狸狐狸ばなし・京鹿子娘道成寺ほか(壽 初春大歌舞伎)
一度は見てみたかった道成寺ものがかかるというので喜び勇んで行ってまいりました。一月は昼の部を幕見と、夜の部を見物してきて、踊りの演目がとっても良かった。それから尾上右近さんが素晴らしかったですね。
演目を見ていて思い出したんだけれど、あまりの美しさに見惚れた坂東玉三郎の映像は、もしかして京鹿子娘道成寺 鐘供養の場の一番最後のシーンだったのかもしれない。
👒は鳩的好きな演目
👒 狐狸狐狸ばなし
ざっくりとしたあらすじ:
手拭い屋を営む伊之助(松本幸四郎)は、元は上方の女方役者で、家事でもなんでもこなす働き者。美しい女房おきわ(尾上右近)は、元は千住の芸者で、昼間から酒を飲んでいる怠け者。互いに惚れ込んで結婚したはずの二人であるが、伊之助の執着ぶりにおきわは辟易している。
そんな折、おきわの間男・法印重善(中村錦之助)に縁談の話が持ち上がり、口喧嘩から、伊之助を殺せばおきわといっしょになる、と重善が言ってしまう。間に受けたおきわは、伊之助を毒薬で殺し、その火葬まで執り行った次の朝、ひょっこり伊之助が現れて……!?
きちんとしたあらすじはこちら。
まさに狐と狸の化かし合い! 艶っぽく、もつれにもつれてまあひどい。初笑いでございました。
中盤まではどういうこと!?となるのですが、そのあとは一体どこまでやり返すのかと見ていたら、ほんとうに最後の最後まで(笑) 恋は盲目、浮気の虫は死ぬまで治らないのである。
場面転換が多く、お話もさくさく進むし、話し言葉もわかりやすいのでとても見やすい。コミカルさはテンポが命ということがよくわかります。
伊之助、あんまりなよなよしているがかなり人は良く、浮気なんてされてかわいそうにまあと思っていたけれども、最後まで見ているとなかなかどうしてヤンデレの気質で、これに付き合うおきわは確かに大変かも。
おきわはおきわで、伊之助に対するそっけなさと、重善に対する親密さの分かれ方が大変うまい。お互いぞっこんだった時は良かったのだろうけど、気持ちが離れちゃうと鬱陶しくてかなわないのだろうな。この直情的な感じがしかしかなり魅力的です。おきわ、良くも悪くも感情に素直というか、これは芸者をやっていた時も人気だったことでしょう。
幕が閉じる時、おきわが「金毘羅船船」を三味線一本で弾くところ、あれはほんとうにご褒美でしたね……。その前段階の変わり果てたおきわの見せ方からの、勝ち誇ったような顔で生き生きと歌う差の鮮やかさが素晴らしかった。
や〜楽しかった! 言ってしまえば痴情のもつれのど〜しようもない話なのですが、そういったど〜〜〜しようもない話だからこそ身近な気がして面白いですよね。ど〜〜〜しようもなさすぎて、昔も今も変わらない。
👒 京鹿子娘道成寺
ざっくりとしたあらすじ:
旅の僧・安珍に宿の娘・清姫が惚れるもすげなくされ、清姫は恨み募って蛇となる。安珍を追いかけまわし、とうとう逃げ込んだ道成寺の鐘にすらも巻きついて、清姫は安珍を焼き殺してしまう。
(今回の演目はここから)清姫が鐘を焼いてしまったため道成寺には鐘がなくなってしまい、ようやく新しいものを作って供養をしようというその日、ひとりの美しい女・白拍子花子(尾上右近)が鐘を拝ませてほしいとやってくる。衣装や小道具を変えながらさまざまに女の恋心を踊るが、次第に鐘へと意識が向き始め……。歌舞伎舞踊。
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月前半は中村壱太郎さん、後半は尾上右近さんが踊っており、鳩が見たのは後半、尾上右近さんの白拍子花子。
とっっっっっっても素晴らしかった!!! 白拍子姿で出てきた時の厳かさから、衣装変わって娘の可愛らしさ、女になった艶っぽさ、鐘を気にする不穏な目つきから、だんだんと隠しきれなくなる怨念、そして最後の化生の荒っぽさ。緩急があり、ずっと目が離せないほど魅せてくる。
正直踊りの演目で1時間もあるので、どこかでちょっと飽きるかなと不安があったのですが、そんな暇ちょっともなかった。もちろん目まぐるしく衣装が変わっていくので、見た目で飽きさせないというのはあるけれども、そういうことではなくて、白拍子花子が踊るその爪先の動きまで、観客を魅了してくる。
鳩が特に好きなところは、蛇の脱皮のような引き抜きから、しゃんしゃんなる平たい太鼓(学び:鈴太鼓)を持って踊るあたり〜最後にかけて。その前のてんてこする鼓(学び:鞨鼓)も好き。
まずあの引き抜き、ぬるっと着物が抜けるのもさることながら、今回は帯も抜けてませんでした? 藤色の着物から白の着物へ、黒い帯から橙っぽい色の帯へ抜けるので、色の抜け方がほんとに何かうぶなものに変わったような気がして、しかもそのうぶというのが、剥き出しの怨念のようなものを感じさせて、美しい女の姿をしているのにどこかぞっとする。鈴太鼓の音も、蛇が地を這うような雰囲気のある音なのがまた不穏な感じ。
そしてこの後半あたりからちらちら鐘に気を取られていて、鈴太鼓を床に打ち付ける振りなんかは娘らしくて可愛らしいのに、もうなんか隠しきれなくなってくる情念の強さがところどころに現れてくるのが良いですね……。
これはどこのあたりだったか忘れましたが、長唄が「恨み(なんとか)」というようなことを唄った時に、一瞬にして顔つきが変わったのを見てしまって、本性見ちゃった〜〜〜〜!という恐ろしさがありました。
抑えきれなくなっていく鐘への執着を、観客すらも巻き込んで高めに高めてからの、鐘入りのクライマックス。髪も下ろさず、衣装も変わらない終わり方でしたが、娘の姿が引き継がれたままでの鐘入りは、元はただの人間の娘というのを強調するようで、これもこれで大変良かったです。
(鐘の上まで梯子を駆け上がったのが見えていて、ほぼ1時間踊り通したあとに梯子を駆け上がるとは……?となりました。役者さんの体力すごい)
全体的に踊り方がきっぱりしているというか、一本筋の通った感じがしていて、さすが恋情と怨念だけで、蛇になってでも恋しい人を追いかけた女だな……という感じがひしひしと伝わってくる。可愛らしい女の中にある、気の強さみたいなものが見え隠れするのが本当に良かった。
蛇になって男を焼き殺す、というのがとてもショッキングなので取り上げられがちですが、そういう熱情と狂気を持ち合わせてしまっただけの、ただの普通の娘でもある、という見え方をするのが好き。
激情を美しく舞って魅せる、その上その悪しき感情を閉ざさない、というところが、もしかしたら好きなのかもしれない。これは道成寺の物語に関するところかもしれませんが。
あんまり素晴らしくてぐっときてしまい、後日もう一回幕見に行きました(歌舞伎で同じ演目を興行中に二度見に行ったのは初めてかも)。指定席を張っておくのを忘れていて、販売開始一時間後くらいに見に行ったら完売、風の噂では五分で完売していたのだとか。ぐぬぬとなり自由席券を朝イチで取りに行きました。入った時には幕見完売。楽日近かったこともありますが、そりゃああんなのみんなおかわりもしたくなりますね。
この演目を見ること自体が初めてだったので、見る前は(見たかったにしても)そこまでぐっとくるとも思っていなくて、ただぼんやりなんとなく月後半のお切符をとったわけですが、もうほんとうに月前半の壱太郎さんも見てみたかった。どんな踊りだったんだろう、というか、踊り手による解釈の差が見てみたかった……!!!!! 惜しいことをしました……。次かかったら誰が踊ろうと必ず見に行きます。
當辰歳歌舞伎賑
お正月らしいめでたい舞踊2題。
五人三番叟
めでたい! たっぷりした踊りの人、きびきびした踊りの人、目の表情がとてもいい人がいたのですが、なんとも誰が誰やら。鷹之助さんだけはお顔がわかると思ったのですが、見事に途中で見失いました。全員が同じ格好同じ振りなのですが、人によってかなり踊り方が違うんですね。
また、袖の使い方が面白かった。ぐるりと腕に回して巻き取ったり戻したり。動かすことで、わざわざ下の着物の袖が見えるような仕組みになっていた。
英獅子
いままで見てきた鳶頭は結構美しさが勝っているというか、線の細いやわらかい感じの人ばかりだったので、貫禄あるかっこいいお頭!という感じの鳶頭お二人で、大変素晴らしかった。かっこいい。おふたりが同じように見得をきるので、これもまたゆったりした感じのやり方と、すっぱりしたやり方の違いを一度に見れて満足。
扇獅子が獅子のかたちでなく、扇を2枚重ねて牡丹の飾りが付いているもので、しかしこれが動かし方ひとつで獅子に見えるのがすごい。
あとは獅子舞を久しぶりに見ましたね。獅子舞大好き。芸者が尻尾を掴んで引きずったのには笑いました。さすが江戸の芸者です。
鶴亀
こちらもめでたい! 午後一番の演目、ぬっくぬくの歌舞伎座でぼんやり眺め入りました。浅草とはしごしていたので、結構ここで気が抜けていた。
どっしり雅やかで安定感ある踊り。
寿曽我対面
ざっくりとしたあらすじ:
工藤祐経(中村梅玉)の館では祝宴が開かれている。朝比奈三郎(坂東彌十郎)のとりなしで、その館に蘇我十郎(中村扇雀)・蘇我五郎(中村芝翫)がやってくる。その兄弟の父は、十八年前、工藤祐経によって討たれている。父の敵討に燃える兄弟の、仇敵との初対面。
きちんとしたあらすじはこちら。
あまり前提知識がないのですが、工藤祐経、全然味方いなくない……? いろんな人に囲まれているが、みんな曽我兄弟の味方をしているように見える。そして敵討に来た兄弟に対しても悠然と構えているので、そこが格好良いところでもあるが、河津三郎(兄弟の父)を討った時からこれを覚悟していたのだろうか。
新作歌舞伎 刀剣乱舞の、血気盛んな弟・膝丸に対して落ち着いた兄・髭切の構図はここからきていたんですね……! 復習しました。友切丸(髭切)もここに出てくるのかあ。
舞台上では、舞台前方に上座が据えられている工夫、良いですね。やりやすさもあるのかもしれないけれど、悠然と構える工藤祐経がわかりやすいし、曽我五郎はこっちを向いて盃と三宝を壊してくれる(笑) 奥に取り巻きたちがずらっと座るのもとても華やか。
敵討=大願成就=めでたい!=お正月の定番というのはどうなんだと思わないこともないのですが、単純に舞台上がきらきらで華々しくてめでたい感じなのは、特別感があって大変良かったです。
息子
ざっくりとしたあらすじ:
雪の夜、頑固者の老爺(松本白鸚)が番をしている火の番小屋に、若者の金次郎(松本幸四郎)が入ってくる。大阪で商売をしていたという金次郎は、江戸に残した両親を探しているのだと話し、少しの間、老爺会話をするが……。
きちんとしたあらすじはこちら。
広い舞台上にぽつんとある火の番小屋の中で、火鉢を囲んだ二人の会話だけでほぼ完結している。ものすごくミニマム。
息子が悪いには悪いのだけれども、最後の、親にも聞こえているのだろう「ちゃん……!」の悲壮感も相まって、とても寂しい。今回見た芝居の感じだと、途中までほんとうにお互い親子と気が付かなかったパターンだったのだろうなと思った。
英国の戯曲を翻案したものらしいけれども、様式美的な大団円に収まらないのは、そのためなのかなあ。お話がこの後に続いても、寂しい続きしか待っていない感じがあり、少し見た後にしょんぼりしました。
公演概要
壽 初春大歌舞伎
2024年1月2日(火)~27日(土)
昼の部:當辰歳歌舞伎賑・荒川十太夫・狐狸狐狸ばなし
夜の部:鶴亀・寿曽我対面・息子・京鹿子娘道成寺
歌舞伎座
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