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原(はら)村(むら)百姓馬の祟(たた)りを受けし事

昔、湊の原村(はらむら)にあんまり心根の良くねえ馬方(うまかた)がいだ。

欲ばりで乱暴なこの男は、馬さ餌もろぐにくんにぇで、昼も夜も駄賃取りにこぎ使ってだ。


 貧乏していでそうまでしねぇでは暮らさんにぇっつうわけでもねえのに、あんまりにも馬の扱(あつけ※)ぇが酷(ひで※)ぇもんだがら、村の者は誰(だ※)ちぇもこの男のごど良ぐ言わねがったそうだ。

 ある日のごど、この男が馬ぁ引いで赤井(あかい)村の村はずれにある石橋の際さ来た時、「ひひーん、ひひーん」つて盛んに馬がいななくんで振り返ってみっと、鞍(くら)さつけである荷物振り落として、馬方(うまかた)んどごさ飛びかがんべってしてっとごだった。
 馬方(うまかた)は、いつものごどだぐれぇに考ぇで、

「何だ、この腐れ! 何の気してんだ」

つて綱持ってピシーッと馬んどご鞭打(むちう)ったんだど。したら、馬は引き綱ぁ切って、でっけえ口開いで馬方さ食いつぐべってしてんだど。
 馬方(うまかた)はそばに落ちでだ丸太ん棒拾って馬んどご打(ぶ※)っちめだ。

そうしたら馬はますますいぎり立って馬方(うまかた)んどご追い回してきた。馬方(うまかた)はなんじょにも手のつけようがねぐって逃げるしかねがった。 

 んだげんじょ馬はなんぼでも追っ掛げで来る。馬方(うまかた)は村さ逃げ帰り、わが家(え※)さ入っとバヂーッと戸を立でで中さ籠(こも)ってだ。
したら、馬も間もなぐ追って来て、板戸(いたど)を蹴破(けやぶ)って家ん中さ入ってきた。馬方はしょうがねぐって今度は納戸(なんど)の中さ逃げ込んで、まだぁ戸を立てて息ぃ殺してっと、ガッツガッツガッツど馬はまだこの戸も踏み破って入(へ※)っぺどしてる。


 馬方は恐ろしぐって恐ろしぐってどうしようもねがったげんじょ、やっとのこどで梁(はり)の上さ登った。したら馬も梁(はり)の上さ跳(は)ね上がんべどしてんだど。男は今度は屋根の上さ逃げだ。そうしたら馬もまだ屋根の上さ登んべどして暴(あば)っちぇる。
 騒ぎを聞ぎつけで近所の人達も集まってきた。んだげんじょ誰ちぇもこの馬を止めようもねえし、そばさ近寄っこどもでぎねがった。
 男は屋根を伝って家前(えんめ※)さ転げ落ぢ、山の方さ逃げでった。んだげんじょ馬はまだ追っかげで来る。馬方は仕方ねぐ木の上さ逃げっと、馬もまだ木さ登んべどする。

 馬方は飛び降り、谷に下り、峯に登って逃げ廻っているうちに、とうとう日が暮れできた。馬も追うの諦(あきら)めで家さ戻ってった。んだげんじょ戻った馬、家ん中にある物っつう物を噛み壊し、踏み壊していだっけが、終えには口がら泡ぁ吹いで、むずせごど狂い死にしちまった。
  馬方は夜更けにそろそろど山を下(お※)っちぇ家さ戻った。そうしたらこの有様だ。馬方は、馬の怨念(おんねん)の恐ろしさに今更ながらわがの不徳を恥じ、せめでもど死んだ馬をわがの土地の良いどごさ埋め、坊さんを頼んでねんごろに跡(あと)弔(とむら)いをしてやったそうだ。

 そのためがどうが、その後馬方は無事に過ごしたそうだ。原村百姓馬の祟(たた)りを受けし事の伝説、聴いでいただぎました

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