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一組を語る(第1回)

学生指揮者3年目にして、ホルストの名曲「軍楽隊のための第一組曲」の指揮を担当する機会をいただいた。その際に調べたことや、合奏を通して思ったこと、独自の解釈などを、ここにアーカイブとして残しておく。

今回は、作曲の経緯や、管楽合奏の歴史、様々な楽譜の版について言及する。

作曲の経緯

1909年作曲。作曲の経緯や初演についての記録はなく、詳細は不明。グスターヴ・ホルストの娘イモジェンは、父グスターヴの伝記を記しているが、そこにはこの曲についての記述がほとんどない。ホルスト自身はそれほど重要な曲と思っていなかったのかもしれない。

ホルストは「組曲『惑星』」で名声を得ることとなった一方、ホルスト本人はこれを主要な作品と捉えておらず、惑星によって他の作品が埋もれることを悔やんだようである。楽曲に対する作曲家本人の認識と世間の評価は、必ずしも一致するわけではない。

管楽器の曲の歴史

現代の我々が「吹奏楽」と聞いて思い浮かべるような編成に限定すると、一組は史上初の吹奏楽曲といえる。ただし、軍楽隊のためのマーチや、管楽器だけの編成の室内楽曲なども含めるならば、一組より前に多くの曲が作曲されており、名曲も少なくない。では、なぜ一組がこれだけ吹奏楽のバイブル的な扱いを受けているのだろうか。

管楽器のみの編成や軍楽隊のための曲の歴史を見てみると、古いものだとバロック音楽の時代まで遡る。例えば、後期バロックの音楽家であるヘンデルは、「王宮の花火の音楽」という曲を作曲しており、初演では管楽器と打楽器のみの編成で行われたが、現在では管弦楽版の方が広く演奏されている。なお、原曲はオーボエが24本必要。

18世紀後半から19世紀前半にかけては「ハルモニームジーク」という管楽合奏の形態が流行した。軍楽隊と並び、吹奏楽の祖先の一つと言われている演奏形態である。使用された楽器は主に、オーボエ、ファゴット、クラリネット、ホルンなどだが、楽曲により様々で、コントラバスが加わることもある。中でもメンデルスゾーンが作曲した「Ouvertüre für Harmoniemusik in C-Dur」(邦題:吹奏楽のための序曲、ハルモニームジークのための序曲)は、現代の吹奏楽向けに改訂された版が今でも演奏されており、歴史的に重要な吹奏楽のレパートリーとされる。

19世紀初頭には軍楽隊が整えられ、ミリタリーバンドの文化が成熟した。背景事情として、ヴィープレヒトの活躍、サキソフォンの発明、その他管楽器の改良が進んだこと、などが挙げられる。(この辺りはまだ私も調べが足りていないので、いずれ書き足したい)しかし、供給される楽曲は行進曲ばかりだった。また、BOOSEY&HAWKES社から出版されていた「ミリタリー・ジャーナル」では、年に12冊ほどの軍楽隊用の曲集が出版されていたが、当時知られていた音楽の編曲やメドレーばかりだった。そんな中突如として「第一組曲」が生まれ、その後の吹奏楽のレパートリーの原点として非常に重要な意味を持つようになった。

一組以前にも優れた吹奏楽曲は多くあったにも拘らず、一組がバイブル的な扱いを受けている理由として、このような時流にうまく乗って流行したという背景事情が挙げられる。むしろホルスト自身、このような時流に着目して、穴場ともいえる枠を狙ったのかもしれない。

各種の版について

一番初めに世に出回ったのは、1921年に出版された「ミリタリー・ジャーナル」(BOOSEY&HAWKES社)による。この版に基づいて、1928年には再販されている。

1948年にアメリカでフルスコアが作られた。この際、当時のアメリカの吹奏楽事情に合わせて、アルトクラリネットやフリューゲルホルンが追加されるなど、編成が若干拡大された。しかし、この時はホルストの自筆譜が行方不明で、出版されていたパート譜のミスプリントなどがそのまま残っていた。

1970年には自筆譜が発見され、1984年には、イギリスの作曲家コリン・マシューズによる校訂版が出版された。この際にも、手稿譜にはないバリトンサックスやバスサックスが追加されるなど、多少編成が変更されている。

このマシューズ版にも携わり、この曲をこよなく愛し続けていた指揮者フレデリック・フェネルは、この曲を始めて収録したことでも知られる。没後、「フェネル版」(実際はロバート・サイモンによる校訂)が出版された。これは、1948年の版を基本に、フェネルが自らのスコアに書き込んだ独自の解釈やアーティキュレーションを反映させたものである。

さらに、ほとんど自筆譜に準拠しつつ、現在の吹奏楽で演奏できる最も「原典」に近い伊藤康英校訂版が2010年に出版されている。

トロンボーンとホルスト

ホルストはオーケストラのトロンボーン奏者として生計を立てていたこともある。伊藤版スコアには「したがって、ホルストのスコアでは、さすがにトロンボーンの使い方が秀逸」とある。一組も例外ではなく、シャコンヌの最後の主題、マーチの締めくくりの主要動機はトロンボーンによって奏でられる(第2回、第4回を参照)。音響的にトロンボーンが重要な役割を担うのはもちろんのこと、曲の構成を考えたうえでも、これらの主題は重要なものである。トロンボーンの使い方が秀逸というのは、音響的な部分だけでなく、音楽的な構成なども踏まえたうえでのことではないかと思う。

終わりに

作曲の経緯に関してほとんど記録が残ってない一組だが、この曲がこれだけ広まった背景には、軍楽隊の発達や管楽器の改良などの歴史的背景が垣間見え、それぞれの版には、改訂された時代・国の吹奏楽事情が反映されている。

このように、楽曲の成立の背景を調べるのも、クラシックの楽しみ方の一つだと思う。

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