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一組を語る(第2回)

学生指揮者3年目にして、ホルストの名曲「軍楽隊のための第一組曲」の指揮を担当する機会をいただいた。その際に調べたことや、合奏を通して思ったこと、独自の解釈などを、ここにアーカイブとして残しておく。

今回は、第一楽章「シャコンヌ」について言及する。

全体外観

第一楽章では「シャコンヌ」という古い形式を用いている。ホルストが一組を作曲した当時に研究していた、イギリスの作曲家「H.パーセル」の影響か。「シャコンヌ」とは、3拍子の舞曲であり、バスあるいは和声を基にした変奏のこと。「パッサカリア」と元々は別だったようだが、現在ではほぼ同義と見做される。一般に4小節または8小節が繰り返される。(参考:バッハ「パッサカリアとフーガ」兼田敏「シンフォニックバンドのためのパッサカリア」など)

シャコンヌ主題

主題のうち赤枠で示した部分は、組曲全体を構成する最も重要な部分(主要動機)であり、2楽章と3楽章ではこれを基にした主題が登場する。このシャコンヌ主題は第一楽章で計16回演奏される。

全体を通して、弱奏部の割合が多い。しかし、弱奏部のオーケストレーションは極めて薄く、"自動的"に弱くなるように設計されている。演奏する上では、弱くすることではなく、むしろ響きが薄くならないよう留意したい。

コラム~音量について~
pやppは強弱記号ではあるが、「音を小さく」という指示を出すと、息のスピードが遅くなったり、圧が弱くなったり、響きが薄くなったりする場合が多い。pの音色、fの音色、というように音色の違いだと考えるのが良いと考えている。

【第1部】

1. 1小節目~

金管低音による主題の提示。冒頭に低音によって主題が提示されるのは、シャコンヌの一つの特徴である。

2. 9小節目~

トロンボーンによる主題とコルネットによる対旋律。
アウフタクトで動き、1拍目に重心がある主題に対して、対旋律はシンコペーションにより1拍目がなくなっている。
演奏にあたっては、主題と乖離しないよう、対旋律は頭拍の重みを感じて演奏する、など方法が考えられる。(参考サイト)

3. 17小節目~

コントラバスと木管アンサンブル。ハルモニームジークのような、木管楽器のコンパクトでリッチな響きが引き出されている。

コラム~ハルモニームジーク~
以前の記事でも言及したので、すでに見た人は飛ばして構わない。
18世紀後半から19世紀前半にかけて流行った「ハルモニームジーク」と呼ばれる管楽器による室内楽は、吹奏楽の祖先の一つと言われている演奏形態である。主に、オーボエ、ファゴット、クラリネット、ホルンが使用されたが、ホルン以外のの金管楽器やコントラバスが加わる場合もあった。モーツアルトやベートーヴェンは数多くハルモニームジークのための曲を残している他、メンデルスゾーンは「Ouvertüre für Harmoniemusik」という曲を作曲している。現代の日本では、現在の吹奏楽の編成向けに校訂された楽譜が出回っており、「吹奏楽のための序曲」という邦題もつけられているが、元はハルモニームジークのための曲である。

4. A1小節目~

16分音符による対旋律とコルネット、トロンボーンのソロ。Aは全体を通してBに向かう流れがある。
木管群の吹いている対旋律は図3赤枠のような16分音符から始まるまとまりで捉えられるべきであり、コルネット、トロンボーンもそれに準じて演奏したい。またそれにより、アウフタクトで1拍目に向かうシャコンヌ主題のリズム感とも馴染む。

シャコンヌ対旋律

5. A9小節目~

初めて全パートが同時に演奏する。(Tutti)
主に1拍目と3拍目で動くシャコンヌ主題に対して1拍目表と3拍目表が休符になっているため、シャコンヌ主題の”頭”が見える。

6. B1小節目~

木管の流れるような16分音符と金管のスタッカートによる華やかな(Brillante)変奏。初めてのff。木管のスラーと金管の8分音符の対比を見せたい。

7. B9小節目~

低音による重い(Pesante)8分音符と、コラール風の主題。初めて高音が主題を演奏する。

8. C1小節目~

ホルンソロと木管アンサンブル。B♭クラリネット3rdも主題を演奏しているが、ここはホルンが全体の響きの核となる。

9. C9小節目~

アルトサックスのソロと数パートの木管の対旋律。室内楽的。対旋律の3連符を滑らかに受け渡せるかがポイント。

【第2部】

10. C17小節目~

シャコンヌ主題の反行型。c-Moll。直前の主題とオーケストレーションがほとんど変化しないため、主題の違い、調性の違いによる色彩感の変化が重要となる。

11. D1小節目~

ヘミオラのベースとともに金管が反行主題を重々しく奏でる。特にコルネットの低音域の響きの重厚さが重要。

12. D9小節目~

元のシャコンヌ主題に戻るが、調性はGフリギア調となっている。調号が変化しないという意味では、c-Mollの"平行調"と見做せる。c-Mollの色彩感が引き継がれる。

【第3部】

13. E1小節目~

Es-Durに戻る。練習番号Eは全体に渡って属音ペダル(B♭の伸ばし)があり、緊張感を感じながら徐々にFに向かって盛り上がっていく。

14. E9小節目~

属音ペダルと縫うような木管の8分音符が高揚感を醸し出し、Fに向かう大きな流れを作る。
Fの直前3小節間では、2拍ごとの動きが4回繰り返される。ここでより一層盛り上がりを見せ、Fに入る。

15. F1小節目~

2.の変奏と同じ対旋律を伴う。
高音楽器の対旋律は音が高く聞こえやすいため、低音のシャコンヌ主題がこれに音量で勝つ必要はない。しかし、支配的に、全体の響きを支えるように。

コラム~シャコンヌの主旋律は?~
シャコンヌには主旋律が存在しない。シャコンヌ(パッサカリアもほぼ同義)という形式はバロック時代から存在するのだが、この時代の音楽には、メロディーや伴奏といった声部ごとの役割分担はなく、「ポリフォニー」と呼ばれる、いくつかの旋律を組み合わせた音楽が発達した。なので、低音の「シャコンヌ主題ー対旋律」の関係性は、ポップスやマーチなどの「主旋律ー伴奏」の関係性とはまた別である。実際に吹奏楽以外のシャコンヌやパッサカリアの作品を聴いて「主題ー対旋律」関係を味わってみるのが良いと思う。

16. F9小節目~

コーダ(終止部)。シャコンヌ主題が5度高めている。
単に5度高められ調号の変化がないことに着目するとB♭ミクソリディア、最初のD♭音に着目すると下属調(As-Dur)となる。下属調を指向することで終止感が強められる。なぜ下属調が終止感を強めるのかよくわからない人は、以下の動画を参照するとよい。

【余談~シャコンヌに見られる黄金比】

一つの線分を2つに区切るとき、「短い方:長い方」の比が「長い方:全体」に等しいような線分を分割する点を「黄金分割点」といい、この時の「短い方:長い方」の比を「黄金比」という。実際の数値だと、およそ1 : 1.618である。

シャコンヌ全体は131小節であり、131を1.618 : 1で分割する点はおよそ81であり、コルネットによる反行主題が始まる部分(練習番号D)と重なる。この部分は、ヘミオラ風のベースに短調の主題が重なり曲全体を通して最も雰囲気が重く、暗い場面である。

また、DからFまでは33小節あり、Fから最後までは18小節ある。これらの比はおよそ1.83:1であり、黄金比に近い。Fはシャコンヌで2回目のffであり、最高潮に達する場面である。

シャコンヌの各部分の比

このように、シャコンヌには黄金比が隠されている。ホルスト自身はこれを想定していなかったかもしれないが、バランスの整った美しい形式と言えるのではないか。

終わりに

ホルストの一組、というだけでも古典だが、シャコンヌはその中でも特に古い形式であり、古典中の古典である。シンプルで無駄のない形式や、美しい変奏の数々は、作曲から100年以上が経った今でも色褪せず、時代を超えて愛されている理由がよくわかる。

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