婆ちゃんの牛乳寒天

田舎の婆ちゃんが亡くなった。御年九十八歳だった。亡くなる前日まで、元気に庭いじりをしていたというから、大往生だろう。

葬式が終わり、婆ちゃん家に寄る。
爺さんが逝ってから十年、婆ちゃんは隆叔父さんと二人きりでこの家に住んでいた。遅れて坊さんがやって来て、仏壇を整えて帰っていった。

長い一日が終わり、隆叔父さんとママと私の三人は、小さく献杯をした。なんとなく、思い出話が始まる。

婆ちゃんは、もともと九州女で頑固だったこと。
手先が器用なこと。
飼っていた犬が逃げて、それっきりなこと。
泥棒に二回も入られてダイヤの指輪を盗まれたこと。
それなのに、未だに玄関の鍵をかけないこと。

話を聞いていると、私に対しては、ただただ優しかった「婆ちゃん」という人間の内殻が、浮かび上がって見えた気がした。

「これ、食べるか」

隆叔父さんが、冷蔵庫から長方形の使い古されたタッパーを持ってきた。

蓋を開けると、美しい白い肌のかたまりに、ところどころ金色の粒が見える。

婆ちゃんがよく作ってくれた牛乳寒天だ!
蜜柑が、見た目も味も良いアクセントのやつ。ママが賽の目に包丁を入れ、硝子の器に盛る。

一口食べた。あぁ、固い。
最近のプリンやジュレでは、この固さ、ぶりぶりとした食感を味わうことはできない。
婆ちゃんの牛乳寒天でしか、ありえない。
すごく美味しいわけじゃないけど、これじゃなきゃだめだ。

ふと、もうこの先、人生でこの牛乳寒天を食べることはできないのか、と思う。

「とうとう俺は独りぽっちになっちまった」

隆叔父さんが呟いた。
その言葉は、私たちのいる食卓の上に空洞を作った。皆、その穴を見つめていた。

「婆ちゃん、ありがとね。ゆっくりしてね。私ももう少しだから、ちょっと待っててね」

ママが言った。

「俺もだよ、婆ちゃん。待っててくれよ」

言葉は空洞の中に吸い込まれていった。
かちゃかちゃと食器の音に紛れて、隆叔父さんがすすり泣いていた。 


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