シー・イズ・フォトジェニック【ショート小説】
「あたしお腹ぺこぺこなんでぇ、いっぱい頼んでもいいですかぁ」
目の前の女、ナナは無邪気に笑った。
ナナとは、流行りのマッチングアプリで知り合い、会うのは今日が初めてだった。
ここは東京・表参道にオープンしたばかりの創作イタリアン。ネットで検索したホームページには、外観や内装、見映えの良い料理の写真が並び、なかなかの雰囲気だった。
店の扉を開けると、目の前に派手な螺旋階段があり、一歩上るたびにブルーの照明が濃くなる。ホールはまるで深海で、一面に広がる水槽、ネオンカラーの熱帯魚たちがゆったりとしたBGMに合わせきらきらと泳ぐ。いわゆる、デートにおあつらえ向きの店だ。
ナナは次々と注文をする。地中海風サラダ、カルパッチョ、リゾット、メインのポークリブ、メニューの写真はどれも旨そうに見えた。
順番も無くいっきに運ばれてきた料理は、惨憺たるものだった。
サラダは見るからに萎れているし、カルパッチョは細く雑に切られていて、リゾットはべしゃべしゃ、最後の望みのポークリブは、冷め切っていた。
「えぇ、なにこれぇ」
ナナは、団子鼻でひくひくと匂いを嗅いだ。
俺はそんなはずはない、とアプリを開いて写真を確かめる。
色白でシミ一つない陶器のような肌にスッキリとした輪郭、長いまつ毛の奥に大きく黒目がちな瞳、鼻筋は通り、小さな口元。アプリの中の彼女は、上品な微笑を浮かべていた。
改めて、目の前のナナに目をやる。
アゴが二重に見えているのは、俺が酔い過ぎたせいか。まだ、ビール一杯も飲んでないはずだが。
「なんだかこのお店ってぇ、雰囲気だけで、写真詐欺って感じ」
ナナは厚塗りでも隠しきれないニキビ面の頬をぷくっと膨らませる。「まぁ、いっか」ガハハと笑いながら、素手でポークリブを掴みかぶりつく。「固ぁ〜」赤い肉汁が、彼女の大きな口から垂れた。
「本当に、写真詐欺だよね」
俺は、ナナの小さく腫れぼったい瞳を真っ直ぐ見て、告げた。
了
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