【演劇】『LGBT、治します。』(13/16)

シーン13 憩いの場との和解

ハルカ家から一時間ほど歩いたところにある大きな公園。ハルカは、一人がけ用のベンチにぽつんと座っている。ベンチはほかに3つあり、それぞれ等間隔で設置されている。
すでにヘテロ―シスの効果は切れており、ハルカは自分の今の格好(スカート、長い髪、etc.)にうんざりしている。父との喧嘩もあいまって、どうしたら良いのか、どこに行けばいいのか、わからない。

アカリ: (舞台袖から、声だけ?)ハールカさん。

ハルカ、声のした方に顔を上げる。
アカリ、入場してハルカの方に来る。

アカリ: 大丈夫ですか?
ハルカ: ほんとに来るんだ。
アカリ: 当たり前じゃないですか。
ハルカ: 自分だったら行かないかも。
アカリ: まあ、それはそれで(と隣のベンチに座る)ハルカさんらしいんじゃないですか。
ハルカ: (「ハルカさんらしい」と言われたが今はスカートや長い髪のせいで全く自分らしくいられていないことを思い、大きくため息)
アカリ: それで、結構な喧嘩だったんですか? LINEに書いてましたけど。
ハルカ: うん。
アカリ: ハルカさんが耐えられない喧嘩って相当ですね。
ハルカ: なにそれ。
アカリ: だって私達が付き合ってたときも、
ハルカ: いつの話だよそれ(笑)
アカリ: 懐かしいですね(笑)
ハルカ: あー、もうあのときのことは思い出したくない!
アカリ: 付き合ってたときからそうだったじゃないですか。全部一人で解決しようとするというか……。
ハルカ: そう?
アカリ: 私、そういう強い人になりたかったです。
ハルカ: 自分は何も強くないよ。
アカリ: そんなことないですよ。私はいっつも他人に頼ってばかりで、でもやっぱり頼れなくて、それで……。(と手首を抑える)

ハルカ、アカリの服の袖をまくって手首の傷を見ようとする。
アカリ、さっと手を引いて見せまいとする。

ハルカ: まだやってるの?
アカリ: 昨日、
ハルカ: 昨日?(と立ち上がる)
アカリ: (首を振る)昨日、やろうとしたんです。
ハルカ: ああ。(と座る)何かあったんだ。
アカリ: (うなずく)
ハルカ: そっか。
アカリ: でも、やらなかったんですよ。
ハルカ: そうなんだ。
アカリ: (うなずく)

お互い、何も話さない。しかし気まずい雰囲気ではない。アカリの言いたいタイミングを、ハルカが尊重しているからこそ生まれる沈黙である。

ハルカ: 偉いね。
アカリ: (首を振る)
ハルカ: (ふーん、と小刻みにうなずく)

再びの沈黙。

ハルカ: あのさ、
アカリ: はい。
ハルカ: アカリはさ、ストレートになりたいって思わないの?
アカリ: 思わないですね。
ハルカ: でもストレートになったほうが楽じゃん。
アカリ: でも、何か悔しいじゃないですか。
ハルカ: 何が?
アカリ: 何か、他の人のために自分を曲げなきゃいけないのって。
ハルカ: え?(ちょっと笑って)アカリってそんなキャラだったっけ。
アカリ: いや、私気づいたんです。もっと自分のために生きようって。
ハルカ: ふーん。
アカリ: 実はこの前、告白して。
ハルカ: え、あのずっと好きだった子?
アカリ: はい。
ハルカ: なんで?
アカリ: 私、死のうかなって本当に思ってたんです。もう準備もして。でも、どうせ死ぬなら告白しようってなったんです。
ハルカ: うん。
アカリ: それで告白してみたんです。
ハルカ: それで?
アカリ: (首を振る)
ハルカ: そっか。
アカリ: それで全部言ったんです。私、女性に惹かれるんです、って。
ハルカ: ん。
アカリ: でもすごくいい人でした。何もおかしくないよ、って。気づいてあげられなくてごめんって。
ハルカ: へえ。
アカリ: それで思ったんです。私、いったい誰のために苦しんできたんだろうって。

カナタとシュンスケ、公園にやってくる。
ハルカの座っているベンチに後ろから近づく。

カナタ: ばぁっ!
ハルカ: うわっ! は?
カナタ: あれ~、人前でイチャイチャしちゃダメなんじゃなかったんですか~~~?
ハルカ: なんで……。
アカリ: 私が呼んだんです。勝手にすみません。
カナタ: ハルカを嘲笑いに来たの。大変そうだって聞いたから。
シュンスケ: 本当はハルカが心配ってカナタが……。
カナタ: はいちがいまーす(シュンスケの頬を引っ張る)。で、どうしたの? 家出? 家から追い出された? 追放? 夜逃げ?
ハルカ: いや……(助けを求めるように、アカリのほうを見る)
アカリ: どうしたんですか?
ハルカ: どんな顔すればいいの?
カナタ: 別に「おー、久しぶりー」って言ってくれればいいのに。もう一回戻ってやり直す? テイク2。
ハルカ: いやそれはいい。
カナタ: あっそ。
シュンスケ: 仲直りは?
カナタ: うーん、ハルカが先に謝ってくれるなら。
ハルカ: ばかじゃねーの?

沈黙。そしてお互いに吹き出す。

カナタ: はいはい、ハルカ様。
ハルカ: なにそれ。
カナタ: まあ、割とまじで。こないだはごめん。
ハルカ: (鼻で笑って)なんでそっちが謝るの?
カナタ: だって、ハルカにはハルカの大変なことがあって、それで自分で選んだ生き方をしたんだったら、それに口出ししちゃだめだな、って思って。
ハルカ: うーん……。
カナタ: なに? 土下座してほしかった? それは――
ハルカ: いや、なんでそんなに優しくしてくれんだろうって……。
カナタ: だって仲間だし? ハルカもいつも助けてくれたじゃん、僕のこと。
ハルカ: …………もうさ、気づいたんだよね。あの薬飲んでも意味ないって。
カナタ: そーなんだ。
ハルカ: あの薬飲んで完全に女になれても、別に何も変わらなかった。いや、変わったところもあったけどさ、大事なところは何も変わらなかった。
アカリ: その変わらなかったものって、なんだったんですか?
ハルカ: それは……。
アカリ: 昨日告白した子に、こう言われたんです。「わ――
カナタ: えー!! アカリついに告ったの!? どうなっ――
シュンスケ: あとで。
カナタ: はい。
アカリ: 昨日告白した子に、こう言われたんです。「アカリちゃんがそんなに苦しかったって気づけなくてごめん。もし私の言ったこととかでアカリちゃんを傷つけてたら教えて。治したいから。変わりたいから」って。
カナタ: おぉー、いい話(拍手)
シュンスケ: (拍手を無理やり止める)
ハルカ: つまり、
アカリ: 薬なんか飲まないで、ハルカさんらしく生きればいいんです。それでもし苦しかったら、悪いのは周りなんです。たぶん……。
カナタ: そうだよ、他の人が作ったゴールに向かって走っても、相手の気分次第でゴールが変わっちゃうんだよ! わかったかハルカ!
ハルカ: は? うざ。
カナタ: はい勝った~。
ハルカ: でもさ。周りが変わってくれなかったらずっと苦しいままってことじゃん。
カナタ: だからちょっとずつこっちからも言わなきゃ。変えろやーーーって。
アカリ: ハルカさんならきっとできます。もし助けが必要でしたら、私達がいます。
シュンスケ: (うなずく)
カナタ: 僕は助けないで笑って見てるわー。
ハルカ: 死んでくれ。

一同、笑う。

カナタ: なんかさー、こんなこと去年もなかった?
アカリ: ありましたね(笑)
ハルカ: あー、もう黙れ。
カナタ: 夏休み中にアカリとハルカがつきあって、それで急に別れて。
シュンスケ: アカリもハルカも来なくなったね。
カナタ: そう。
ハルカ: あれは黒歴史。
カナタ: でも、そのおかげでビアンじゃなくてトランスってわかったんでしょ? だったら白歴史じゃん。
ハルカ: なに白歴史って。
カナタ: 黒歴史の逆。
ハルカ: ばかじゃん(笑)
カナタ: は? うざ。

一同、笑う。

ハルカ: 今さ、あれ着てんだよね。
シュンスケ: あれ?
ハルカ: 去年くれたじゃん、ナベシャツ。クリスマスに。
シュンスケ: ああ、懐かしい。
カナタ: 僕のヘアピンは!?
ハルカ: 捨てた。
カナタ: は! ひどっ!
シュンスケ: でも俺も捨てたけどね、テンガ。
ハルカ: みんな捨ててんじゃん、カナタのプレゼント(笑)
アカリ: 私はまだ持ってますよ、一応。
カナタ: さすがアカリ~~~!
アカリ: でもそろそろ私も捨てるかもです。
カナタ: ひどっ!!

一同、笑う。

カナタ: あーあー。
シュンスケ: どうしたの?
カナタ: あと半年で大学生なんだな~って。
アカリ: 浪人しないんですか?
カナタ: それはまだわかんないじゃん!
ハルカ: まあ大体わかるけど。
カナタ: なんなの!
シュンスケ: 星、ぜんぜん見えないね。
カナタ: 見れたら完璧だったのにー。青春~って感じで。
アカリ: カナタさんの青春って雑ですよね。
カナタ: うるさいな~。……それで? これからどうすんの?
ハルカ: もう一回話してみる。
カナタ: 話通じないのに?
ハルカ: ちょっと信じてみる。……少なくとも母は。
シュンスケ: もし何かあったら……

シュンスケとハルカ、同時にうなずき合う。

アカリ: 絶対ですよ。
ハルカ: うん。ありがとう。

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