雪の日

 目の端を通り過ぎていくものがあり、わたしは文庫本から顔を上げ、窓の外を眺める。鉋で削ったような大粒の雪が降っていた。ふっと脳裏に浮かんだのは、何故か夏服を着た妹の姿。もうすぐ学校から帰ってくる時間だ。
 妹の高校の制服はセーラー服で、夏服は襟まで白で、黒のラインが二本入っている。雪の白からの連想かも知れない。冬服は紺のスタンダードなセーラー服。その上に紺色のダッフルコートを羽織り、短い髪に雪を散らばらせて、ぶつぶつ言いながら帰ってくるところを思い浮かべる。今朝は降ってなかったから、傘は持って出なかった。雨なら途中で傘を買うのだけれど、雪だとそうはしない種類の子だ。
 目は文庫本の文字を追っているけれど、内容は上滑りして、頭は別のことを考える。
 ぶつぶつ言いながらも雪を踏む足は少し楽しそう。アスファルトに積もった雪はすぐに融けはじめて、じゅくじゅくと水っぽい感じになる。それを踏んでいくのがわたしは楽しいのだけれど、妹はどうだろう。登校するときの妹の靴はスニーカーだから、水が染み込むのを嫌がるかもしれない。

 扉を開ける音がして、「ただいま」と少し疲れた声が聞こえた。少女の少しかすれた声。寒い中、雪が降りしきる中での帰宅は疲れるだろう。わたしは文庫本を置いて、妹を出迎えにいく。かまいにいく。
「おかえり」
 玄関先でそう声をかけると、「うん」と単純な返事が返ってきた。機嫌はほどほどに悪そうで、雪の白が髪とコートの肩を彩っていた。靴を脱いで廊下を進もうとする妹の邪魔をするように、わたしはちょうど目の高さにある短い髪についた雪をわさわさと払っていく。すると妹は嫌がるように頭を振るう。わたしはそれに気づかないふりをして、肩の雪もパタパタと払う。
「……あの、靴下脱ぎたいから」
「ん?」
「靴下、水染み込んで気持ち悪いから」
 妹の目は風呂場に、脱衣所のほうに向いていた。
「そっか。……つまり、吸えと?」
「……ん?」
「肩の雪なんて払ってないで、靴下の水気をちゅうちゅう吸いなさいと」
「ばかなの?」
 心の底からのように吐き捨てられて、ちょっとぞくっとした。ツンデレさんである。
 妹はそのまま脱衣所の向かい、衣擦れの音を立ててから、「シャワー浴びるからね」と報告をした。これは一緒に入ろうという誘いに違いないと思いながらも、廊下の壁に寄りかかり、背中を預けた。
 やがてサッシ越しのシャワーの音が聞こえはじめる。しんしんという音は聞こえないけれど、静かな雪の気配が辺りを満たしていた。ふうっと吐いた息がほんのりと白く染まり、わたしはこの空間に心地のよい冷たさを感じるのだった。

#雪 #短編

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