【簡単書評】広島大学EVRI・草原和博・吉田成章編『ポスト・コロナの学校教育─教育者の応答と未来デザイン』渓水社, 2020.

広島大学EVRIの『ポスト・コロナの学校教育─教育者の応答と未来デザイン』をいただきました(画像をクリックするとアマゾンへ)。

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スピード感

まず読んで率直な感想として驚いたのは、このスピード感です。2月の新型コロナから、5月にフォーラムを立ち上げ、それを7月に報告書としてまとめてオンデマンド出版するというスピード。

組織的横断的な大学組織の取り組みとして

そしてそれを、一分野や個人のがんばりではないこと。大学の学部が、組織的に、横断的に人をつなげて、現場教員を巻き込み、3,4、5月の休校状況のなかの各学校のオンラインのとりくみや状況を重ね合わせ(しかも、管理職、教育行政、各教科教育、特別支援教育、日本語教育までも!)ていきながら、それをオンラインの教育デザインのフェーズとして整理していくこと。
こうした形の取り組みを組織的にスピード感を持って進めていく力は、ものすごいことだと思います。
 
まとめ上げていた大学の先生方自身も、オンライン対応などで大変だったろう中、頭が下がります。

学校の実践報告として

小中高校の学校における横断的多角的実践共有としても非常に興味深いものです。実際に行っているもの,各教師のナラティブ的なもの,語りも様々で,また,実践自体も,「オンラインであること」を生かして設計された興味深いものが沢山見られました。

個人的には「社会科教科書執筆者たちからの挑戦状」として,教科書執筆者たちから教員に向けた,教科書活用の具体的課題と,実際にそれを活用した実践の話などは非常に興味深く思いました。例えば「領土問題」では,教科書執筆者が実際に「領土に関して問題となっている島々について日本政府は『日本固有の領土』と主張しています。私たちはその固有の領土へ行くことができるでしょうか。YES or NO その理由を教えてください」という課題例を提示している。それを教員が選択して子どもたちにYES/NOと理由を考えさせ,レポート化していく。レポート化の指針を教師が示しながら,出口として「優秀作品は大学の先生に送る」「教科書執筆者の先生にコメントをもらえるかもしれない」と伝えたときの手ごたえの感覚などは非常に秀逸だったと思います。

このあたりは,個々の教師が子どもたちに意欲を促す方法として,外界とつなぎ,実際の教科書執筆者を巻き込む形で(「もらえる〈かも〉しれない」というのがちょうどよい頃合いでおもしろい笑)つくっている(教育活動としての真正性)ところが非常に優れています。

また同時に,ともすると授業は教科書をなぞりがち(まして「領土」の話はさまざまな忖度を呼び込みやすく,本来思想性に関わらず現代を理解するために重要な学習ポイントなのに,「さっ」と済ましてしまいやすくなる)。それを教科書執筆者から「課題例」が提示されることにより,「教科書を書いた人が言っているんだ」というメッセージとともに示されることによって,教師自らが教科書を解釈し,課題をつくりあげていく「教材研究のヒント」にもなっています。こうしたことによって「より現実につながる学習」(教育内容としての真正性)が生み出され,オンラインであるにも関わらず,オンライン以前の授業に勝るとも劣らない学びを生み出すことに成功しています。

こうした「オンライン以前」に勝るとも劣らない活動が,さまざまにあります(日本語教育における学生を巻き込んだオンライン支援活動も魅力的でした)。

オンラインの教育デザインの理論的視座として

オンライン教育基盤の5つの観点と3つのフェーズ
こうしたことを,「ポスト・コロナ」をめざして,オンライン授業の実施に必要な条件として「十全な」オンライン授業の条件として5つの観点
①高速インターネット通信が整備された環境であるかどうか,
②ICT機器が活用できる環境であるかどうか,
③関係者がICT機器操作に習熟した環境であるかどうか,
④学習管理システム(LMS)が提供された環境であるかどうか,
⑤オンライン教育の経験が蓄積・共有化された環境であるかどうか,
を出し,

さらにそれを,フェーズ0.x〜3.xの段階
0.x:オンライン授業の5つの条件がほとんど揃っていない状態,
1.x:オンライン授業の5つの条件が不十分であるものの満たされた状態,
2.x:オンライン授業の5つの条件がほぼ完全に満たされた状態
で分けていくことで,現時点と次のステージへの見取り図をつくっていることで,自分たちの環境と次の視点を把握することに成功しています。

「超短期的視点」〜「中長期的視点」を組み込んだ対応マトリクス
また,OECDのCoronavirus special edition: Back to school(「OECD2020年,新型コロナウイルス感染症パンデミックへの教育における対策をガイドするフレームワーク」──以下,「フレームワーク・レポート」)をもとに,OECDの提案する25の対策チェックリストを4つのカテゴリーにわけ(「教育行政・マネジメント」「心身の健康と安全」「カリキュラム」「オンライン活用」),それを対応の緊急性をかんがみて,「超短期的視点」「短期的視点」「中長期的視点」の組み合わせで,マトリックスを作成し,各現場が自分たちとして何ができるか,何をしていくべきかを検討していく視点を提供しています。

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今後の展開として

本書のこうしたスピード感,ともすると大学組織内の既得権による足の引っ張り合いが起きやすいこともある中,そうした状況では機器の状況に対応できないものです。

組織横断的に動いて学校現場を巻き込んで,「オンライン化」に留まらない教育の視点づくり,カリキュラム的視点を含み込んだ対応の提案は,とても「刺さるもの」でした。

今後,さらに現状のような学校の「半対面下」の中で起きている状況をどう拾い上げていくかという点(例えば,現時点ではまだまだ「外部との連携」などは非常に難しく,多くの学校で培ってきた「地域連携」や「大学との連携」などはほぼストップしている状況)や,提案されたマトリックスが刻一刻と変わるCOVID19の情勢にどう柔軟に変化を伴ったものとして活用されていくか,など,さらなる検討は必要かも知れません。
さらに,こうした中で,オンライン教育が長期化する中で生まれているひずみは,大学も同様かそれ以上です。規模の異なる教育組織体が,それぞれの中で,「個々の裁量を十全に引き出しながら」「同時に全体でも引き上がっている」という状況をどうつくっていくか。私たち自身の前に課題が立ちはだかっています。こうしたことを大学横断的にどうつくっていくか,今後も問われていくところかも知れません。

いずれにしても,そうしたことの前衛として組織的変革状況を作りあげた広島大学EVRIのみなさまに敬意を表したいと思います。

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