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海の底から帰ってきたあなたへ

別に特別長い時間を共に過ごしたわけでもないし、何なら実際に対面したこともない。しかしながら、そこらの友人には話したことがないような自分の内面を吐露した相手が居る。

オンラインで初顔合わせ。初めて一対一で話した時は、互いの経験や考え、弱さを赤裸々に語った。……と、思っていた。

その時の印象は、「使命を帯びた人」

本当に。相手から、ものすごいエネルギーを感じた。デジタル情報で届いた音声と映像であっても、その声は力強く、その姿は輝いていた。
天からの使命を受けた人が居るんだ。私はそう感じた。
その子が経験してきたことと、私の経験してきたこと、サイズで言えば太陽と月くらいには違いそうだ。

その子の内側からあふれ出すエネルギーは、熱くて、濃くて、誰しもを魅了した。その人は常に自分の意見を持ち、みんなの前で臆せず披露し、沢山のことを成し遂げてきた。決して平坦な道ではなかったし、悪い人間が寄ってきたこともある。それでもすべてを乗り越えて行く。つらい経験でさえも、笑顔で語って見せる。前に進む。使命感ゆえに。

私はそのエネルギーに怖気づいた。ちっぽけで怠惰な自分と比較して、自分の人生に虚しくなった。私があの子の年齢の時、私はどこで何をしていただろう。ああ、情けなくて穴があったら入りたい。そう思ってしまうほど、眩しかった。

そんなあの子が。内側に本物の太陽を持ったあの子が。
たった一年の間に、真っ暗闇に飲まれていた。

持っていた正のエネルギーの大きさに比例するように、それを失った時に生まれた負のエネルギーは大きかった。自分を傷つけ、味方を寄せ付けず、殻に閉じこもって絶望を生きた。信用すべき人を突き放し、甘言を弄する人を近づけてしまったのかもしれない。

深い海の底に沈み、誰も手を伸ばせない場所で全てを抱え込んだ。誰にも相談できず、誰のことも信用できず。

私はその事実を知らなかったし、その子も知られたくなどなかっただろう。この世界で自分の弱みを知られることは、あまりに危険すぎるから。たとえその弱みが些細なことであっても、いつどこで誰に伝わり、どんな解釈を経て、自分を刺し貫いてくるか分からない。

今になって、初めてあの子と話し、互いの内面を赤裸々に語ったあの日に見せてくれた弱さは、全て『既に乗り越えた弱さ』なのだと気づく。

世の酸いも甘いも知ってしまったあの子は、今この瞬間に抱える弱さを他人に見せることはない。自分が弱っていることを、絶対に他人に気取られてはならない。

だから一度沈んだら、誰にも助けを求めるわけにはいかない。置手紙を残すことも、明確な予兆を示すこともない。独りで沈み続ける。多くの人はそうやって世界から消えていくのかも知れない。

だがその人は、一度は沈んだ海の底から、自らの力で水を蹴り、戻ってきた。完全復活とは言えないだろう。でもその子は戻ってきた。そして自分に起きた事を振り返り、みんなに向かって再び笑顔で『乗り越えた弱さ』を語る。

人々がこぞって、あなたにこう言う。

「気づいてあげられなくてごめん」
「いつでも連絡して」
「生きててくれてありがとう」
「元気を出して」
「分かるよ、私もそうだったことがある」

連絡を取り合わなかった、長い空白。
それを埋め合わせようとするかのように、押し寄せる優しい言葉。
みんな自分の中の慈しみをかき集めて、時間をかけて言葉を紡ぎ、あなたに送り届ける。

そのすべてに笑顔で「ありがとう」と返すあなたの心はきっと傷痕に覆われている。まだ血を流す生傷もあるかも知れない。どんな言葉であればあなたを本当に癒すことができるのか、誰にも分からない。だから私には何の慰めの言葉も言えない。

あなたはこれを繰り返してきたのか。あの日、私に笑顔で語ってくれた弱さも、独りで克服してきたのか。
そして今回もまた、哀しい海の底へ独りで行って、独りで帰ってきた。

人知れず、沈みながら傷つき続けた。だからもう、かつてのあなたではないのだろう。

でも、おかえり。
次に海の底に沈みゆくことがあるのならば、どうか誰かを一緒に引きずり込んでほしい。
そして、その人に背中を押してもらいながら戻ってきてほしい。

そう願うだけ。

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