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枯れた紫陽花の居場所探し

道端のアジサイが太陽に灼かれていた。葉はくすんだ汚い黄土色をしていた。

数週間前まで、街角を鮮やかに彩って人々の注目を集め続けていた姿は消えた。今は誰ひとり見向きもしない。いずれ、そこに生えている木がアジサイだということさえ、人々の記憶から消える。

確かにそこにあるのに、人々の意識からは消えていく。そんなアジサイのように、静かに生きてゆきたい。
誰にも悟られないという寂しさの代わりに、誰からも邪魔されない権利を得たい。

混雑した電車の中で誰とも接触せずに済むように。そう願いながら電車の中で自分が居るべき場所を探っている。
座席に座っている時、隣に座ってきた人間の太ももが触れるのが厭だ。赤の他人と体温を交換することが不快で仕方がないから。こっちは出来る限り小さくなって座っているのに、なぜ隣の人間は堂々と幅をとって座るのだろう。
疲れ切ったサラリーマンが首を落としそうになりながら左右に揺れ、こちらにもたれ掛かってくるのがどうしようもなく厭だ。百歩譲ってあらがえない眠気に襲われているとして、それでもやはり、私の大事な空間に割り入ってこないで欲しい。

電車の中に居場所がない。そう、居場所。電車の中でさえも居場所を探り続けている。

人に溢れた世界。どこへ行っても私が属するべき場所がない。常に人の目に晒される。見知らぬ誰かが私を見てくる。怪訝そうに。不愉快そうに。
自分の大事な心の内が暴かれてしまう気がする。その視線は暴力だった。

「私」が疲れ切っている。耐え難い視線の暴力から自分を守ることに疲弊している。
騒がしい世界で、私は自分の心を守れる居場所を見つけられない。

道端のくたびれたアジサイが、今の心の色だった。

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