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【覚書】苦い思い出と私の劣等感

彼女はファッション関係の仕事をしていた。
渋谷駅の夜の雑踏の中で、
私を上から下まで見て、冷たく目をそらした。

大学を卒業して初めて就職した先に憧れの先輩ができた。
5つ上の彼はこれまで私の周りにはいないような、大人に思えた。
仕事ができて、東京で暮らしていて、お酒やご飯を奢ってくれて…。
就職したての私は尻尾を振って、彼の周りにまとわりついていた。

そんな彼には婚約者がいた。

でも、私は憧れてるだけだし、ただの後輩だし…

どこかで自分に言い訳をしながら、彼に仕事の相談をしたり、彼から頼まれた仕事を嬉々として請け負ったりしては、食事に誘われるままついていって奢ってもらっていた。

グループで行くこともあれば、二人きりで行くこともあった。

ある日、仕事帰りにみんなで食事をした。
5つ上の彼が、その中では一番年上で、そこの食事は全て彼が払ってくれた。

どういう流れだったか、今となっては思い出せない。
二軒目は二人きりだった。
渋谷の、夜景が見える、バーだった。

そんなところに学生時代、行ったことのなかった私は、舞い上がっていた。

ドキドキしながら、彼についていき、彼に勧められるまま、お酒を飲んだ。

東京の街も、お酒も、彼も、全てがキラキラとして、夢の中にいるようだった。

仕事の話をしながら微笑む彼。

それに相槌を打つ私。

1時間ほど経ったころ、彼の携帯電話が震えた。

「ちょっとごめん」私に断って、彼は電話にでた。

会話が終わると、彼は困ったように笑いながら「彼女が迎えに来いって言ってる。なんか近くのカラオケでみんなで飲んで酔っ払ったからって。」と説明した。仕方ないよなあという顔をしながら。

私も彼も、彼に婚約者がいることは周知のことで、この場よりも彼女を優先させるべきことはわかっている。お互いに、その場を切り上げることに暗黙の了解があり、すぐさまその場を切り上げた。

二人の間には何のやましいこともない、私はただの後輩なんだから、タクシーに一緒に乗っていけよ、ということになった。私も固辞するのもおかしい、と同乗した。タクシーを走らせてすぐ、彼女のところへ到着した。私はタクシーを降り、笑顔で挨拶をした。暗くてよく見えなかったが、彼女は緑っぽいミニのワンピースを着ていた。ショルダーバッグを肩からかけていて、頭の先からパンプスの先まで洗練されていた。細くて素敵だった。何度か写メを見せてもらったことがあるが、それ以上に洗練された雰囲気が伝わってくる。東京の大学の一つ後輩だと言っていた。私が出た大学よりも数倍偏差値が高い大学。帰国子女で大手の企業に勤めている。雑誌にも載るような仕事をしている。海外出張もこなす。頭から勝てっこない。いや、私はそんなこと思っていません。ただ、彼を先輩として慕っているだけです。言い訳を頭の中で繰り返す。警笛のようにわんわんと鳴り響く。

彼女は私にチラリと目を走らせると黙ってタクシーに乗り込んだ。

私の家の近くまでの数分の間、彼を真ん中に車内は静まりかえっていた。

一言も言葉を発さない彼女と、時々私に気を使って話しかける彼。

心が、痛かった。

完全に私の下心が彼女には読まれていると思った。

田舎育ちで、ファッションに憧れはあるけれど、到底ファッション関係の仕事に就けるような洗練された空気も情熱もない。
一方で彼女からは、東京育ちの洗練された空気しか伝わってこない。
どんどん…私の自尊心が萎んでいくのが分かった。
私は自分の履き古した安っぽいパンプスが嫌になる。
彼女が身につけているのはきっと、ブランドのワンピースにブランドの
バッグに違いない。
私が身につけているのは仕事帰りのジーンズ。
カバンも気に入って持っていたけれど、ハイブランドのそれではないものは
急に色褪せて見えた。
私には若さと、彼を慕う「素直で可愛い」があるけれど、
それ以外には何にもない。

最後まで、彼女が私を見ることはなかった。

東京に出てきて、数ヶ月。
私は完全に舞い上がっていた。
何でも教えてくれる先輩。
右も左も分からないフリでついていく私。
東京のキラキラした街。
学生時代には行ったことのないような綺麗なお店。高いお酒。
あのまま突っ走って行ったら私はどこへ行っていただろう。

今でも時々、思い返す。
私の若くて苦い思い出を、劣等感とともに。





#ファッションが好き

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