映画館に行かない訳

 映画鑑賞が趣味の私は、家でのんびり観ることを好む。

 好きな時に、好きなものを食べ飲みながら、好きな体勢で、好きな空間の中、好きな時に途中停止して、自由に空想の旅を楽しむ。限りなく贅沢なひとときである。しかし時には大きなスクリーンで迫力のある映像と映画音楽の音響効果を存分に楽しみたいと思うこともある。そんな時は映画館に赴くのだが、2000円近い料金を払ってわざわざ観に出かけているにもかかわらず、嫌な思いをさせられることが決して少なくないのが、映画館という場所である。
 
 まず、音が大きすぎる問題。え、みんなそんな耳悪いの?と思ってしまう。あまりの音量に耳を塞ぎながら鑑賞する時さえある。
 
 隣りとの距離がまあまあ近い。人気の作品だと、座席に余裕もなく満席であることが多い。まったく不快に思わない他人って基本的に少ない。2時間あまり、ゆっくり鑑賞どころかストレスを感じることも多い。
 
 マナーが悪い人が居る。残念がながら世の中には他人に迷惑をかけても平気な人が存在する。「映画鑑賞にはポップコーンは必須!あと飲み物!」という固定観念に囚われている人に限って食べ物を購入する時間を考えていなくて、開始時間ギリギリに映画館にやってくる。上映時間の迫ったフードコーナーはたいてい混雑しているのに、呑気に列に並び、最初の方は予告だから大丈夫!と何が何でも食べ物を購入しようとする。真っ暗な場内を両手いっぱいにトレイを抱えよたよたと入場してくる。そういう迷惑な人の座席はたいてい端じゃない。前のほうの真ん中くらいだ。スクリーンいっぱいに影を浮かびあがらせても気にしない。やっと席に落ち着いたと思えばあらゆる大事な場面で同行者とひそひそニヤニヤ会話をして咀嚼音も気にせず豪快に食べ散らかす。
 そのほか、スマホを鳴らす、光らせる、鼻水をすする、咳をする、映画館で購入していない食べ物を持ち込む。一度、堂々とお寿司のパックを持ち込んで食べ始めた人が居て、目を疑った。迷惑をかける人の例をあげればキリがない。

 
 某映画館での特別嫌な思い出が3つある。

1.
 私はちょうど真ん中で観られる席を確保していた。予約完了後時々埋まり具合をチェックしていたが、座席は各列一つ飛ばして埋まるくらいの混みようだった。コロナ禍がようやく明けたばかりの時期であり、全員が空気を読んで席を予約しているのだ。当日、入場列で私の前に並んでいた人が当日券を購入していて、映画館のスタッフから座席を勧められていた。「こちらはいかがですか?こちらなら隣からちょうど一つ空けてお座りいただけます。」スタッフも気を遣っているのだ。しかしその人は「ここがいいです。」と、なんと私の席のすぐ右横を指差しているではないか。私の席の列は、スクリーンに向かって左端から一つずつ空いて私の席になり、右端と私の間には、5つほど席が空いていた。スタッフは、私の席から一つ空けた右横か、さらに一つ開けた席を勧めていた。しかしそいつは「ここがいいです。」と真横の席を譲らない。他の列も全部きれいに一つ空きに埋まっているにもかかわらずだ。そいつだけが一つ飛ばしルールをすっ飛ばそうとしている。スタッフは明らかに戸惑っていた。「あの、でも座席は一つ空けてお座りいただくようお願いしております。こちら一つ横に移動していただくだけですから。」と丁寧にお願いしていた。しかしそいつは、「ここでいいです。」と全く聞く耳を持たない。映画を真ん中で観たい気持ちは誰だって同じだ。だから皆予約開始早々に席を確保しているのだ。
 お前は良くてもすぐ横に座る者の気持ちなんて一ミリも考えないそいつは結局折れず、渋々といった格好でスタッフは私のすぐ右横の座席番号を書いた紙を渡した。次に控えた私は横に居た別のスタッフに電子チケットを見せることになり、さっきのスタッフに同情を求めることもできなかった。席を移ろうかと一瞬考えたが、せっかく夜中にアラームまで設定して席を確保したのだ。自分が移動するのは癪だった。
 
 「中央の席の人は早めに座っていてほしい」。常々思っていることなので、私は自分の席に早めに着いた。右隣に座るはずのそいつはなかなか現れない。場内が暗くなり予告が流れ始めても来なかったので、もしかして考え直して別の席に移ってくれたのかも、と期待したのも束の間、そいつは本編が始まってから現れた。せめて右端しか埋まっていない右側から入ってくればいいのに、よりによって一つ空きで埋まっている左から入ってこようとするので、左端の人、もう一人、そして私の3人がそいつのためにわざわざ席を立ってそいつを通してやらなければならなかった。デブじゃなかったことだけが救いのようなヒョロ長男。せめてすまなそうに入ってきてくれれば救われるのに「すみません」の一言さえない。大切な映画の導入部分が台無しである。迷惑をかけるのもいい加減にしてほしい。怒りを抑えなんとかキモ男の存在を消して映画に集中しようと思っていた矢先、「プシュー」っという発泡音がすぐそばで鳴った。「ハァ?」混乱した頭で目玉だけ右に向け確認すると、なんとそいつは缶ビールを持ち込んでいるのだ。しかもご丁寧につまみまで用意して。カチャカチャとビニールのパッケージを破り始めた。プンプンとイカのような匂いが漂い始めて気が遠のく。チケット購入後今までどこへ姿を消していたかといえば、こいつはわざわざ外に出て酒とつまみを調達してきたのだ。グビグビ、クチャクチャ、プハーッ、ゲフッ。
 2時間、あらゆる不快音を放出した挙句にそいつはエンドロールが流れ始めた途端ガタガタと立ち上がり、再び私たちの前を無理やり通って一番に出て行った。正直何の映画を見たかさえ思い出せないくらい、不快極まりない地獄の時間だった。
 
2.
 コロナ禍から少し時間が経った年末。上映作品は時期的に豪華なラインナップで狭い館内は満席に近かったと思う。今回は両脇も気にならない方々で集中して鑑賞していたら、後ろから突然「ごー、ぐぉー」という轟音が響いてきたのである。
 そっと後ろを振り返ると、中年男性が口を開けて高いびきをかいていた。男性を挟んで両隣りに座るお姉さん二人も迷惑そうに横目でちらちら気にしている。(え?お金払って、何しにきてるんだろう。)
 映画は二本立てだった。一本目で高いびきをかいていた男性は、一本目が終わったところで左横のお姉さんに注意されていた。ざまあみろと思いながら耳を傾けていると、「俺じゃないよ。俺は寝てないよ。こっちの人だよ」と、非を詫びるどころか反対隣りのお姉さんのせいにしていて仰天した。いびき犯の濡れ衣をかけられたお姉さんにも聞こえたらしく、凄い形相でその男性を睨みつけている。
 二本目が始まる前に確認してみると、いびき男が忽然と消えていた。さすがにばつが悪くて帰ったのかな。良かった良かった。さあ気を取り直してもう一本も楽しもうと前を向くと、ちゃっかり前に移動しスンッと席におさまっている男の姿がそこにあった。

3.
 人気作品で、館内は満席に近かった。泣ける映画と言われていたけれど、私の右隣に座ったお姉さんが開始からずっと号泣していた。まだ室内では全員がマスクをしていた頃である。数分に一回鼻をかみ涙を拭うおねえさんはマスクを常にあげた状態でしゃくりあげていた。嫌な予感がした。普段から気を付けて過ごしていたのに、私は数日後高熱を出し焼けるような喉の痛みに襲われた。検査をしたら案の定コロナに罹っていた。大学はオンラインだったし、外出もなるべく控えていて思い当たる可能性があれしかなかった。号泣していたあの人、コロナダッタンダ・・・。あの号泣具合、もしかして映画に感動していたわけではなかったのかもしれない。

 こういう人たちもわざわざお金を払い気軽に来てしまうのが映画館である。映画の楽しみ方は自由だが、一つの空間を共有するからには他人に与える迷惑も考えてほしい。
 最新映画や大好き作品は大きなスクリーンで楽しみたいのに、映画館からは足が遠のいてしまう一方である。


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