「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第9章

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第9章 
“Absent in the Spring” by Agatha Christie
https://www.pdfdrive.com/absent-in-the-spring-e199881914.html
Chapter9
ジョーンは急いで日の差すところに出て速足で歩き始めた。
ミス・ジルベイが側で囁いている気がした。
「自分の考えを律しなさい、言葉を正確に、あなたが今逃げている何かをちゃんと見つめなさい」。
しかし、何か間違っている。
というのも、今回は狭い部屋から逃げて、外に出てきたんだから、広場恐怖症でもないし・・・
レストハウスは新しい建物なので幽霊が出るはずはない。
自分自身に遭う。
彼女の足並みはどんどん早くなってゆく。
誰かに会うとすれば・・・そうだ、ブランチェに会いたい。
ブランチェだったら私を驚かしたりしないだろう。
トカゲが穴から出てくるように、真実が顔を表す。
実は、真実はここに来た時からちょくちょく顔を見せていたんだ。
今まで考える必要がなかった真実。
ブランチェが言っていた「何日も何もすることなく自分の事だけを考えていれば私は、自分自身について何が分かるのかしら。」
トニーが言っていた「お母さんは、他人の事なんてまるでわかっちゃいない」
私は家族を愛してはいたけど、彼らの事を何もわかっちゃいなかった。
エイヴラルの苦しみも理解しなかった。
ずっと若い時に傷つき、今も傷ついている生き物・・・、しかし勇気のある生き物。
勇気、それが私に欠けているものだ。
ジョーンが「勇気が全てじゃないわ」と言ったとき、ロドニーは「そうかな?」と言ったけど、ロドニーが正しかった。
バーバラについては?
医者はなぜ言葉を濁したんだろうか、何を隠していたのか?
彼女はバーバラの好きな事を無視して、バーバラの為に良いと思う事を決めた。
彼女は早く家を出たかったので、愛してもいないウイリアムと(これはロドニーが言った事)結婚してバグダッドへ行った。
そして何が起こったの?
レイド少佐との恋愛沙汰、そして絶望の発作、重い病気。
ロドニーはその事を知っていて私がバグダッドに行くのを止めたのだろうか?
私は単に、献身的な母親を演じようとしただけなんじゃないだろうか。
だから、医者に口止めして、二人は共謀して秘密を守り、早々に私を帰らせたのだろうか。
バーバラも、私の事を信用していなかったのだ。
プラットホームで彼女を見送った時、ウイリアムがバーバラの手を握り、バーバラが彼に寄りかかっていたのを思い出した。
彼らは汽車が出た後、アリュヤーのバンガローに帰ってモスピーと遊ぶのだろう。
「心配することはない、彼女には子供がいる。」とブランチェは言った。
ブランチェの事を、私は彼女ほど不幸じゃないわ、と思っていた。
ジョーンは、ひざまずいて祈った。
「神様、私は気が狂いそうです、気が狂いませんように、これ以上考えさせないでください。
神は私を見捨てたのですか、砂漠に独りぼっちです。
キリストは40昼夜、砂漠に独りだった。
インド人とアラブの少年とニワトリのいる、レストハウスに帰らなければならない。
レストハウスが見えない、いつもより遠くに来てしまったのに違いない。
丘を見つければ場所が分かるかもしれない。
道に迷ったのだ、帰れないかもしれない。
前後に走りだして、「助けて、助けて・・・」と叫び始めた。
砂漠は彼女の声を吸収して、羊の鳴き声のように響いた。
羊、ロドニーは、神は私の緑の牧場の羊飼い、と言った。
ロドニー、助けて、
しかしロドニーは数週間の私のいない自由な生活を感じながらプラットホームを去っていく。
エイヴラルは?
「私にできる事は何もないわ」と言うだろう。
トニーは?
トニーは南アフリカにいて助けに来られない。
バーバラは病気で私を助けてくれない。
レズリーは?
レズリーなら助けてくれるだろうけど、彼女は死んでしまった。
ジョーンは絶望してまた走り出した。
汗が顔を流れて、首から、全身に流れた。
キリストなら砂漠に彼女のためにやって来て、緑の谷への道を示し、迷える羊を導き、
たった3日が経っただけだ:まだそこにいるはずだ。
あれは何?
地平線の向こうに見えるぼんやりと・・・それはレストハウスだった。
助かった・・・


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