“The Pilot’s Wife” by Anita Shreve (6)

“The Pilot’s Wife” by Anita Shreve (6)
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 彼女は組合から来た男が振りかえって彼女に、間違いだった、飛行機を間違えました、別の奥さんと間違えました、さっき言ったことは起こらなかったのです、と言ってほしかった。
もしそうならほとんど喜びを感じる事ができたかもしれない。
 「誰か私に電話してほしい相手はいますか?一緒にいてほしい人は」と、彼は聞いた。
「いいえ、」彼女は言い、「はい。」しばらくして「いいえ、いません。」
 彼女は首を振った。
彼女はまだ準備ができていなかったのだ。
彼女は目を伏せて流し台の下の食器棚に眼を留めた。
中に何が入っていたかしら?
カスケード、ドラノ、パイン・ソール(洗剤)とジャックの黒の靴墨。
彼女は頬の内側を噛み、台所を見回した、ひびの入った松の木のテーブルを見て、錆びついた暖炉を見て、乳緑色のフージャーの食器棚。
彼女の夫は2日前にこの部屋で、その作業の為に引き出したパン入れの引き出しに腰かけて、自分の靴を磨いていた。
それはしばしば仕事に出かける前に彼がやる最後の作業だった。
彼女は椅子に座って彼を見ていたものだ、そして最近それが、彼が家を出る時の一種の儀式になっていた。
 
 彼が家を出るのは、どんなにたくさんやらなければならない仕事があって、どんなにたくさん彼女自身のためにやる時間を楽しみにしていたとしても、いつも彼女にとってつらいことだった。
そしてそれは彼女が恐れている事ではなかった。
彼女は恐れると言う習慣を持ち合わせていなかった。
車を運転するより安全だ、と彼はいつも言っていた、そして彼の安全は会話の話題にする価値さえもないと言うほどに、手放しの自信を持っていた。
いや、正確には安全ではなかった。
困難を感じていたのはジャックが家から離れると言う、家を出ると言う行為なのだった。
彼女はいつも彼が厚い、角ばったフライト鞄を片手に、もう一方の手に一泊用のカバンを持って、脇に制帽をはさんで、家のドアを歩いて出るのを見て、ある種の言いようのないやり方で彼女から離れてゆくのを感じていた。
そして、勿論、彼はそうだった。
彼は170トンの飛行機を離陸させ海を渡ってロンドンやアムステルダムやナイロビに運ぶために彼女の元を去ろうとしているのだった。

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