「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第8章

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第8章 
“Absent in the Spring” by Agatha Christie
https://www.pdfdrive.com/absent-in-the-spring-e199881914.html
Chapter 8
エイヴラルは、一か月後、ロンドンにある秘書の学校に行きたいと言い出した。
3か月後にロンドンから帰省したエイヴラルは普通に戻っていて、ロンドンで楽しく暮らしているようだった。
ロドニーにその事を言うと「僕には、あれは、あまり深刻には思えなかったよ。君は心配しすぎだよ、あれは君の問題なんじゃなく、彼女の問題なんだから。」と言った。
バーバラの方が問題だった。
彼女の友人の選び方だ。
クレイミンスターにはたくさんのいい娘がいるのに、バーバラは「メアリーもアリソンも退屈だわ」と言う。
「パメラ・グレイリンなんか、彼女のお母さんと私は大の友達だったのよ。」とジョーンが言うと、「彼女は本当に退屈だわ、お母さんが付き合うのじゃないんだから、とやかく言わないで。わたしがベティー・アールとプリムローズ・ディーンとお茶をすると、口出ししてくるじゃない。
私が自分の友達も決められないなんて、我が家は監獄のようだわ」
ロドニーが「可哀そうなバーバラ、黒人奴隷のように扱われる」と茶化す。
ロドニーは、これも一時の状況で、時間が経てばバーバラも成長するので心配には及ばないというが、私が心配しないと何が起きるかわからない、ロドニーは母親の気持ちなんかわからないのだ、と思った。
バーバラが友達として選んだウイルモアだって、クリスマスチャリティーダンスの夜、5つのダンスの間、二人でタウンホールからいなくなった時、バーバラは「ちょっとパブを数件回っただけよ。何もなかったわ、ビールしか飲まなかったしダーツをやっていただけよ。」と言った。
その後、ロドニーがウイルモアと同じ弁護士事務所のハーモンを日曜日の夕食に呼んだ時、ジョーンがハーモンに冷たく接したので、ハーモンはバツが悪そうだった。
ロドニーは、バーバラはまだ若いので本物と偽物の男の区別がつかないんだよ、と言った。
エイヴラルが秘書学校から短期帰省してバーバラに「あなたの男の趣味ってひどいわ」と言った事でウイルモアは家庭の話題から消えて行った。
その後もジョーンはテニスパーティーをして人を家に呼んだけれど、バーバラはそれに加わらなかった。ロドニーは、「バーバラはまだ若いんだから、君がお膳立てする必要はないよ、」と言った。
後でロドニーがジョージ・ハーマンとプリムローズ・ディーンの結婚の新聞記事をバーバラに見せながら「お前の昔の恋人の事が出ているよ」とからかうと、「あの時は彼を愛していると思っていて、駆け落ちするつもりだったし、止められたら自殺するつもりだったわ。」
と言った。
その後、ウイリアム・レイが叔母さんのレディー・ヘリオットのところに滞在するためイラクから我が家にやってきたのは願っても無いチャンスだった。
彼が「ヘリオットの甥で、バーバラのテニスラケットを返しに来た」と告げた時、ジョーンは、彼に「バーバラは間もなく帰ってきますから、お茶でも飲んで待っていてください」と言って招き入れた。
ロドニーも帰って来て、彼と話し、彼の事を気に入った。
しかし、ロドニーが、バーバラが帰って来て、彼女とウイリアムが結婚して彼とバグダッドに行くと言ったとき、なぜあんなに困惑したんだろう。
彼は、もっと時間をかけて考えたほうがいいといったし、バーバラは若すぎると言ったんだろう。
バーバラがバグダッドへ行った半年後、エイヴラルは、株式仲買人のエドワード・ハリソンとの婚約を宣言した。
長男のトニーは農業専門学校で訓練した後、結局ローデシアでオレンジ農園をやっているロドニーの顧客のところで働くため南アフリカへ行ってしまった。
その後トニーはダーバン出身の女の子と婚約するという手紙をくれた。
ジョーンがロドニーに「トニーを無理にでも弁護士の道に進ませるべきだったんじゃないの」と言うと、ロドニーは笑いながら「彼は弁護士になっても幸せじゃないよ」と言った。
「幸せだけが人生のすべてじゃないと思うけど・・・例えば人生の義務とかあるんじゃない?父親を失望させない義務とか」とジョーンが言うと、「寂しくはあるけど、失望はさせていないよ、結局それは彼の人生であって私たちの人生じゃないんだから」と答えた。

ジョーンは立ち上がって腕時計を見た。
もう一時間半も経つと昼食の時間だ。
多分、あのヘビーな食事が食べられるよう、レストハウスの近くをちょっと散歩した方が良さそうだ。
部屋からフェルトの帽子をとって来て、外に出た。
アラブの少年がメッカに向かってお祈りをしていた。
インド人の従業員が近寄って来て、「彼はお昼のお祈りをしているんですよ」と訳知り顔で説明した。
6,7人のアラブ人が砂に埋まった古い自動車を一方方向ではなく2つの反対の方向に引っ張っていたことを思い出した。
ウイリアム(次女の夫)は、「彼らは、アラーのおぼしめしがあるのでうまく行くと思っているんですよ。成功するはずはないのに」と説明してくれた。
奇妙な事に、彼らは幸せそうな顔をしていた。
神の意志に任せるのではなく、自分で将来に向けて考え、計画しなければなければならないのに、とジョーンは考えた。
しかし、どこへ向かっても計画を立てるわけではない日々を送っていると、今日が何曜日だかさえも忘れてしまうだろう。
ええっと、今日は木曜日だったかしら、ここに着いたのが月曜日の夜だったから・・・
彼女は少し離れた所に、制服を着てライフルを持った男を見た。
彼は居眠りをしているように見えたので、これ以上遠くまで行かない行が良いだろうと考えた、目を覚まして彼女を間違って撃つといけないので。
レストハウスを迂回して時間をかけて引き返そう。
午前中は三人の子供たちの事を考えて、うまく時間をつぶすことができた。
しかし、長男のトニーだけは、不満だ。弁護士になるべきたったのではないか?
ロドニーはトニーに甘すぎたのだ。
私がロドニーにしたように、断固とした態度で弁護士への道を勧めれば、ロドニーの様な幸せな人生を歩めたのに。
ロドニーは私に感謝しているのかしら。
目の前を見ると蜃気楼が立っていた。
蜃気楼は現実とは何かを考えさせてくれる。
トニーはひどく自分勝手な子供だった。
7歳の時、夜中に、父親の寝室に入って来て、「お父さん、僕は毒キノコを食べたみたいだ。もうすぐ死ぬので、お父さんのところで死にたいのでここに来たんだ」と言った。
虫垂炎で24時間以内に手術をしたのだが、私のところには来ないで、父親の所に行った事は、私の中に違和感を残した。
エイヴラルは「トニーは、私たちより保護色がうまいのよ」と言ったが、彼女の言っている意味はよく分からなかったが、その言葉に少し傷ついた。

 ジョーンは時計を見た。
これ以上熱い散歩は必要ない。
素晴らしい朝の散歩だった、何の出来事も無かった、不快な思い出も広場恐怖症も出てこなかったし。
急いでレストハウスに入って、昼食に缶詰の梨が付いていたので、ちょっと嬉しかった。
お茶の時間まで眠ろうと思い、ベッドに横たわって目をつむったが、目が冴えて眠れなかった。
体は緊張して、心臓はいつもより早い、リックスしなければ。
この感じは、歯医者で、待合室で待っているときの感じだ。
こんな時は神についての瞑想が必要だ。
天にまします父なる神、そう言えば私の父は・・・
きちんと手入れされた海軍カットのあごひげ、人を射るような鋭い目つき、家の中をきちんと整理する趣味、典型的な退職した提督だ。
母は背が高く、痩せて、だらしない女性だった。
彼女がだらしない恰好でパーティーに出席した時、父は激怒して、3人の娘たちに「なぜ、お前たちは、お母さんの面倒をちゃんと見ないんだ。」とどなった。
お母さんは好きだったけどあのだらしなさにはうんざりだった。
しかし、母の死後、父が、結婚20周年の時に、母に宛てて書いた手紙を読んだ時はびっくりした。
 「今日、君と一緒にいられないのはひどく悲しい。
この手紙で、君が愛しているすべてのことは、ここ数年私にとって意味があり、今日、あなたがこれまで以上に私を大切にしていることを伝えたいと思う。」
この12月で私たちは結婚25年になるけど、ロドニーがこんな手紙を私に書いてくれたら、何と素敵な事だろう、と考えた。
文面を想像して、ありえない、と思った。
もっと精神的な黙想をするはずだったのに、こんな風な下世話な事を考えてしまった。
眠られもしないのにこんなところに横になっているのは無駄な事だ。
たくさんの人がいる広い部屋に居たいと思った。
きっと汽車はすぐに来るはずよ。
お茶を飲んだ後外に出た。
外を歩いても考え事はできないだろう。
ロドニーの事も、エイヴラルのことも、トニーの事も、バーバラの事も、ブランチェ・ハガードの事も考えてはいけない、特に赤いシャクナゲの事は考えてはいけない。
「あなた自身のこと意外に考えることがないなら、自分自身の事について何を発見するのでしょうか?」といった、ブランチェの言葉が思い起こされた。
言葉に出してみて、自分の言葉にびっくりした。
何が、知りたくなかった何かなんだろう、戦い?相手は誰、何?
誰かが一緒に歩いているような気がした。
振り返ってもだれもいない。
レストハウスに帰ると、現地人の従業員がドアの外に立っていた。
「奥様、熱がおありなんじゃありませんか?」
そう、熱があるんだ、熱を計って、キニーネを飲まなければ。
98.2度(36.8°C)、平熱だ。
「単なるイライラよ」とよく、他人に言っていたけど、今わかった。
彼女に必要なのは、共感してくれる医者と、ずっと部屋に付き添ってくれる有能な看護師とだ。
今彼女が手にしているのは砂漠の中の白茶けた牢獄とあまり知性的ではない現地人と料理人だ。
夕食後自分の部屋に帰って、アスピリンの瓶を探して、残っていた6錠全部飲んだ。
すぐ眠りに就いた。
夢の中で、彼女は大きな監獄にいた。
そこから出ようとするのだが、知っているはずの出口を見つける事ができない。
次の日の朝、疲れてはいても心穏やかな気持ちで目覚めた。
「思い出しさえすればいいのに」と呟いた。
起きて、服を着て、朝食を食べた。
外に出ようと思えば出られるけど、今じゃない。
レズリー・シャーストンが死んだあと、シャーストン(夫)は飲みすぎで最速で死んだ。
子供たちは親戚に引き取られた。
夫人の長男のジョンは今ビルマのどこかにいる。
ピーター・シャーストンがロドニーのところにやって来て、事務所で雇ってくれと言った。
ロドニーは喜んで彼を受け入れた。
その後、ロドニーは心配顔で事務所から帰って来たが、その時は何でもない、と言った。
1週間後、「ピーターは航空会社に就職する事になった」と言った。
彼女はシャーストン夫人が癌で死んだときの事を思い出した。
助かる見込みも無く、モルヒネで痛みを押さえて快活に振る舞い、突然死んでしまった。
ロドニーは彼女の遺志に従って、少ない遺産を子供たちに分配し、クレイミンスターの教会の墓地に埋葬の手続きをした。
ピーターはその後テストパイロットになり、試験飛行中に死んでしまった。
ロドニーはその事をひどく気に病んだ。
シャーストン夫人がピーターの弱点を知っていて、くれぐれもよろしく、と言って、彼に息子を託したのに・・・、と言って。

レストハウスに座って、「何故、いつもシャーストン一家の事が頭に浮かんでくるのだろう」と思った。
他にも友達はたくさんいるし、レズリーもことが特に好きだったわけでもないのに。
可哀そうなレズリーは冷たい墓石の下に眠っている。
寒い、ここは暗くて寒い。
太陽の日差しの中に、出なければ。

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