「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第3章

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ 第3章 
“Absent in the Spring” by Agatha Christie
https://www.pdfdrive.com/absent-in-the-spring-e199881914.html
Chapter 3
ジョーンが3通の手紙を書き終えて時計を見ると、12時15分だった。
立ち上がって、ゆっくりレストハウスの方へ歩きはじめる。
ブランチェはもうバグダッドに着いているに違いない。
そういえば、夫の事を「目が泳いでいた」って、言っていたわ。
ジョーンは夫とランドルフとの事を思いだしていた。
泥棒猫の様な女、テニスのお相手として夫を欲しがっているだけじゃなく、夫をおだてて恋人にしようとしている女よ。
10年目の浮気?
クリスマスのやどり木リースの下でのキスを見たときは。
「クリスマスの儀式をしていただけです、奥さん、お気になさらないで」とランドルフは言ったわね。
「さあ、私の夫を返してちょうだい、誰か若い男を探しなさい」」
次のイースターにはランドルフはアーリントンの青年と婚約したわけだから、夫と何かあったと言うわけではないけど。
10年目の危機といえば私の方にも、あったかも。
若くてワイルドな芸術家、なんていう名前だったかしら。
そう、キャラウエイ、思い出したわ、私に絵のモデルになって欲しいと頼んで、一緒に散歩をしているとき、ロマンティックな会話を期待していたのに、乱暴に抱き寄せてキスした。
「奥さんは僕に犯されたかったんでしょ」と無遠慮な言葉を残して、数日後彼はクレイミンスターを去って行った。
そろそろ昼食の用意が整っている頃だ、と時計を見たがまだ1時15分前だった。
レストハウスに帰って、スーツケースの中の便箋を探したが、見つからない。
持って来た本を探した。
「レディーキャサリン」、ウィリアムが入れてくれた推理小説、バカンの「パワーハウス」。
昼食は結構ヘビーだった。
自分の部屋に帰って45分昼寝をし、起きてお茶の時間まで「レディーキャサリン」を読む。
夕食を食べて推理小説を読み終わった。
現地人は「お休みなさいませ、奥様。
汽車は明日7時30分に到着しますが、夕方8時30分まで出発しません。」
次の朝、8時に起きて着替えをすませ食堂に行くと、現地人は「汽車は来ません、大雨が降って線路が壊れたので6日は汽車が通れないでしょう」。
「車で行くわけにはいかないの?」「車は来ませんよ」「電話するわけには?」「どこに?トルコ鉄道は汽車を走らせることはできても、それ以外の事は何もできませんよ」
この状況って、私がブランチェに言った、事が実現したってこと。
レストハウスを出て少し歩いたところで地面に腰を下ろした。
この平和で静かなところで癒されるのは素晴らしい事。
腕時計を見ると、10時10分だ。
バーバラ(次女)に手紙を書くのはどうかしら。

 愛するバーバラへ
そんなに幸運な旅をしているわけではありません。
いま、ここに数日留め置かれています。
ここは大変平和で日差しはすばらしいです。
だから私は大変幸せです。

と書いて、手を止めた。
次に何を書こう。
赤ちゃんの事?ウィリアムの事?
ブランチェの言ったことが思い起こされた。
「バーバラは今は大丈夫よ」ということは、大丈夫じゃなかった、ってこと?
ロドニーがバーバラの結婚前に突然言った事。
「ウィリアムは好青年だけど、僕はこの結婚には反対だ。バーバラは、ウィリアムの事を愛していないよ、彼女は若すぎるし、結婚すべきじゃない」
バーバラが仕事につくよりも結婚する道を選んで早く家を出たかったのは事実だ。
しかし、ジョーンがバグダッドへ行って、バーバラとウィリアムのレイド少佐の事を話す態度に齟齬があることに気が付いたとき、スキャンダルは本当だったと分かった。
結局、レイド少佐が東アフリカに言った事で、スキャンダルは収まった。
世間のうわさは、レイド少佐の肩を持つものが多かったのは後で知った事だ。
バーバラの病気の原因は本当はその事だったのだが、医者もウィリアムもその事に触れなかった。
バーバラは母親にもっと滞在してほしいと思っていたし、ジョーンももう一か月滞在しようと思っていたが、ウィリアムが今出発しないと、砂漠の天候が悪化してしまうと言ったので、予定通り出発したのだった。
結局、もっと遅く出発しても、結局一緒だった。
と言う事を思い出しながら、腕時計を見ると11時5分前だ。
ジョーンは銀行家の、妻レズリー・シャーストンの事を思い出していた。
シャーストンが浪費家であるため、横領をしてしまった事。
「彼女は悲しい人生を送った」、そう言えば、ブランチェも、バーバラも、違う意味で悲しい生活。
考えは、夫の事に戻ってゆく。
ビクトリア駅で最後にお見送りをしてくれた時の姿。
彼は電車を見えなくなるまで見送る事も無く、くるりと後ろを向いてさっさと帰って行く彼の後姿を見た時、いつもは疲れて年をとって見える彼の後姿が、若々しく見えるのに驚いた。
かって、テニスコートで彼と始めて会って、一緒にテニスのペアを組んだ時に見て、恋に落ちたときの様なたくましい後姿を。
彼は私がいなくなるのを喜んでいた?

⇒ https://note.com/minamihamaryu/n/neeb1b6c31458



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