“The Woman” by Doris Lessing (6)

“The Woman” by Doris Lessing (6)
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その時、沈黙があった。
二人の目が苦痛を伴って彼女の方に引きつけられた。
視線を離すのにも苦痛を伴った。
それから、あたかも個人的な違いが国家的な違いよりずっと危険であると言う事を思い出させるかのように、彼らは断固として勇敢な回想に入って行った。
ここ小さな幸せなスイスに座って、気楽な友情の中、そんな争いの後、明らかに意味の無い敵意とは、心からの男っぽい笑い声は何と心地いいのだろう!
彼らは世界市民で、同時に文明化した友情を対等に享受している人類なのだ。
そしてヘル・ショルツかフォースター大尉が圧倒的な魅力に負けそうになりテラスの端をちらっと見るたびに、いそいで目を背け、いわばテーブル越しの友情の話に意識を戻すのだった。

 しかし運命はこの調和を続ける意図はなかった。

 残酷にもナイフが向けられたのだ。
若い男が通りの隅に現れ、笑い、ローザに向かって手を振った。
ローザは手すりに腕を置いてそちらへ身を乗り出し、内気な媚態で、手のひらの手首に近い部分を上げ下げして彼女の返事の率直さを隠すため髪を前に揺らした。

 彼が去った後でさえ、彼女はそこに立って、軽く鼻歌を歌い、彼の姿を追いかけていた。
彼女の腕に掛けられたぱりっとした白いナプキンは太陽に光に輝き、彼女の明るい白のエプロンも輝いていた。
彼女の豊かな美しい巻き毛の束は光っていた。
彼女は最後の日の光の中に立ち自分自身の考えの中で、全く一人で居るかのように、横を向いていた。

 確かに、彼女はヘル・ショルツとフォースター大尉の存在を完全に忘れていた。

 大尉とかつての親衛隊長は明らかに彼らの共有できる記憶の限界に来ていた。
一方が咳払いをし、もう一方、ヘル・ショルツがイライラしながらテーブルの上の呼び鈴を押した。

 大尉は震えた。
「寒くなって来た」と彼は言った。
今や彼らは青い夕暮れの影の中にいたからだった。
彼は立ち上がる準備ができているようなそぶりを見せた。


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