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【凪〜nagi〜】第1話

登場人物
◆七生(なお)…都会から離島に赴任してきた小学校の女性教師
◆茂人(しげと)…島の若い漁師たちのリーダー的存在

プロローグ

海に囲まれた自然豊かな離島に、一人の美しい女性、七生が都会から小学校の先生として赴任してきた。

人口がそう多くはないこの島に、都会から若い女性の先生がやってくるという噂は、島民の間に瞬く間に広がっていた。


穏やかな風が空飛ぶかもめと遊ぶ、ある日の昼下がり。

本州と離島とを結ぶフェリーが、離島の船着場に到着した。

到着したフェリーから降りてくるたくさんの客の中でも、ひときわ目を引く一人の女性がいた。

陶器のような白い肌と細い体のラインによく似合う、淡い桃色のワンピースの裾と、真っ直ぐなサラサラとした長い黒髪を海風になびかせながら

緑がかったブルーの自転車のハンドルを繊細そうな指でしっかりと握り、ブレーキをかけながら、フェリーのタラップを慎重な足取りでゆっくりと降りてくる、柔らかな雰囲気をまとった透明感溢れる美しい女性、七生は周囲の視線を一心に集めていた。

漁から戻り、船の上で休憩をしていた島の若い漁師たちも、七生に目を奪われながら口々に軽口をはやしたてた。

「あんの見慣れねえ娘っ子が小学校の新しい先生か?」

「何で都会から、わざわざ自転車なんか持ってきてんだ?」

「都会の娘っ子は、こんな海と山しかない田舎には一週間もいられねえべ」

「すぐに逃げ帰るのがオチだな」

「しっかし、細くてすぐに折れそうな娘っ子だなあ」


ただ、七生の鼻筋が通った横顔に憂いが陰っていることに気付いていた、島の若い漁師たちのリーダー的存在の茂人だけは、皆と一緒に軽口をはやし立てる気になれずに、黙ったままじっと七生を見つめていた。


七生が赴任先する小学校があるこの離島は、日本の西に位置し40余の島々からなる諸島のうちの一つで、人が住むのはそのうちの4つの島のみ。

この離島は、その4つの島の中で一番面積が小さい島ながら、魚の水揚げ量、水揚げ金額ともに県内でトップを競う、漁業が盛んな島だ。

島の男たちのほとんどは何らかの形で漁業に携わっており、港には小型の底引き船や、イカナゴを捕る引網船がぎっしりと並び、壮観な様子を見せていた。


七生が離島に降り立ったこの時期の3月頭には、春の風物詩であり、ちりめん、釜揚げ、佃煮などに加工され、都市部のスーパーマーケットなどでもよく並んでいるイカナゴ漁の解禁が始まっていたが、来年以降の資源を確保するため、今年は10日間で終漁することがすでに決まっていた。

島の漁師たちは、近年の漁獲量が振るわないことを懸念しつつも、冬の間は獲れる魚の種類が少なく、海が荒れて漁に出られない日も多かったため、春になり漁本番を迎えたことで港は明るい活気に溢れていた。


過疎に悩む他の島々と違い、漁協組合員の平均年齢が若く、漁師になる若い衆も多いことから

漁業関係者の寄り合いで、数年ごとに若い衆をまとめる役割の者が数人選ばれる、昔からの伝統がある。
そこで選ばれた者たちは”兄貴”と呼ばれ、周りの漁師から慕われる存在だ。

漁師たちは昔から、仲間同士を“兄弟分”と呼び合い、船の進水式から冠婚葬祭まで固い絆で支えあって暮らしてきた。

代々漁師の血を受け継ぎ、島を囲む海流や漁場のことを小さい頃から叩き込まれ、誰よりも島の周囲の海を熟知し、男気もある茂人は、皆に”茂兄貴”と呼ばれ、若い衆を取りまとめる”兄貴”の役割の者の中でもリーダー的な存在だった。


そんな茂人は、脳裏に焼き付いてしまいそうになる七生の美しい残像を
振り払おうと、わざと大きな声で

「明日は、もっと遠くの沖まで漁に出ると!予備の網を今のうちに
船に積んでおけ!」と良く通る太い声で、周りの若い衆に伝えた。

= 凪〜nagi〜第2話に続く =

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