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【凪〜nagi〜】第2話

登場人物
◆七生(なお)…都会から離島に赴任してきた小学校の女性教師
◆茂人(しげと)…島の若い漁師たちのリーダー的存在

二人の始まり

離島の小学校の先生として、都会から赴任してきた七生は、天気の良い休みの日には、いつも自転車で一人島内をめぐっている。
景色の良い場所を見つけては、自転車を止めて、ぼんやりと海を眺めて佇んでいる。

その様子を茂人は漁を終えて港に向かう漁船を操りながら、たまに見かけていた。


ある時、いつものように漁を終えた茂人が漁船を操りながら、港に戻ろうとしていると、自転車に乗った七生が、魚をくわえて逃げていく仔猫を避けようと、自転車のハンドルを急に切った途端にバランスを崩し、転んでしまうところを目撃する。

茂人は、漁船を港の岸壁に滑らかに横付け、エンジンを切ると、船の後部にすぐさま移動した。
ホーサーと呼ばれる、岸壁のビット(係留柱)に掛けて漁船を係留するための先端が輪になっているロープを手に持ち、ちょうど港で魚の選別をしていた漁師仲間の名前を大声で呼びながら投げ、相手が驚きながらも慌ててキャッチしたのと同時に、ロープを舫う(もやう)ように手で合図をして、すぐさま漁船を降りた。
港に隣接する漁協関係者専用の駐車場に停めてある、いつも鍵をさしたままの自分の軽トラに飛び乗って、七生のもとに向かうべくアクセルをふかした。


軽トラを走らせた数分後、転んだ拍子に痛めた足首を、美しい顔を歪めながらさすっている七生のもとに到着した茂人は、軽トラから降りた途端

「そんなに細っこい足してっから、すぐにバランスさ崩すと!」

と、いきなり口悪く言ってくる茂人。

びっくりしながらも、慌てて何か言い返そうとする七生を尻目に、茂人は、転んだ際に下側となったハンドルが車体中央側にひどく曲がってしまった七生の自転車を軽トラの荷台に素早く積み込んだ後

血の滲む手で、痛めた足首をさすりながら、地面に座り込んだままの七生を軽々と抱えて、助手席にそっと座らせシートベルトをすると、すぐに島唯一の診療所に軽トラを走らせた。

七生が診察を受けている間、ずっと無言で付き添う茂人。

診察と怪我の治療が終わった帰りの車中で、七生がぽつりと小さい声で言った。
「あの、、、病院に連れてきてくれて、、ありがとうございました。。足が痛くて歩けそうになかったから、とても助かりました。。」

と言うと、茂人は七生の方を振り向きもせず、まっすぐ前を見つめたままハンドルを操りながら、ぶっきらぼうに

「傷はまだ痛むのか?」と聞いた。

すると七生は
「いいえ、、もう大丈夫です。。診療所の先生が、擦り傷と軽い打撲だけだと言っていたので、すぐに良くなると思います。。」と答えた。

それから七生は何を話してよいのか分からず、会話は続かずに沈黙の時間が流れた。

でも七生は、茂人との静かな時間がなぜか居心地良く、暖かな春の陽に照らされる穏やかな海を車窓越しにただ眺めていた。


人口がそう多くない離島では、新しい入居者が引っ越してくることが決まると、どの家を借りて住む予定なのかといった情報は、島民の間にあっという間に広がるので、島の人たちはみんな七生がどこに住んでいるのかを知っていた。

茂人も漁師仲間の噂話から、七生が借りる家の情報を耳にしていたので、七生に聞かずとも、二人を乗せた車はいつしか、七生が借りている家の前に到着していた。


七生は、朝に小学校に出勤しようと外に出ると、一人暮らしを心配してなのか、誰かが、玄関先に採れたてのみずみずしい野菜を置いてくれていることもあるし

小さな島だから、島のみんなが、ここが新参者の七生の家だと知って、心を向けてくれているのだろうな、と思っていたので、茂人が七生に住んでいる家の場所を尋ねなくても、家を知っていることは当然なのだろうと思った。

七生の家の前に車を停めると、運転席から素早く降りた茂人が、助手席のドアを開け、七生に手を差し伸べてくれた。
差し出された、温かくて大きな安心感のある茂人の手に支えてもらいながら、車の助手席からゆっくりと降りる七生。

もう一度、お礼を言おうと口を開きかけた七生が、茂人の方に顔を上げると、すでに茂人は七生の壊れた自転車を荷台に積んだまま軽トラを発進させていた。

七生は走り去っていく茂人の軽トラを
「あ、自転車。。持って行っちゃった。。」と呟きながら、見送っていた。

= 凪〜nagi〜 第3話に続く =

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