おばあさまにナンパされた女の日記

わたしはわたしのことをかわいいと思っている。
それはわたし以外わたしのことをかわいいと言ってくれないことを知っているからだ。
かわいいわたしはいつだって自分にとってかわいい格好をして出かけている。うそである。パーカーにジャージで出かけることもある。ただそれでもやっぱりわたしはかわいいのだ。

冗談はこのくらいにして。

先日高校時代からの友人と久しぶりに遊んだときのことだ。スターバックスで受け取り待ちをしていたら良さそうな席が空いたので、ともだちとわたしの荷物をそこへ移動させることにした。なんでもない日常の一部である。よいせと2人分の荷物を椅子に乗っけていたら、隣に座っていたおばあさまがじっとこちらを見ていたことに気づいた。わたしの顔を、まじまじと見つめているのである。
あ、席使ってたのかなと背中に流れる冷や汗を感じながら「すみませんここ大丈夫ですか?」と聞いた。わたしは人見知りのかわいこちゃんなのですこし声は震えていた。
おばあさまは「いや、そうでなくてね」と言った。日本語を丁寧に使うひとだなぁと直感で思った。
そのあとである。

「あまりにも綺麗な人だったから」

スターバックスの真ん中で、耳の後ろから熱くなっていく感覚がわかった。
えぇ……?
最初にも述べたようにわたしがわたしをかわいいと思うのはわたし以外の人間がわたしをかわいいと言ってくれないからだ。わたしは、わたし以外から褒められることにまったく慣れていない。おばあさまは続ける。

「なにかされてる方なの?ほら、モデルとか」

オイオイ待ってくれよ、どこがだよ、そんなほかのお客さんにも聞こえるような声で聞かないでくれよ。
そんなことを思いながら、わたしはこれまた動揺した声で「なにも、ただの大学生です」と伝えた。
読んでくださっている方に伝わるだろうか。わたしはいまこれを書いていること自体とても恥ずかしい。この記事は自慢じゃない。わかってほしい。わたしはわたしをかわいいと思っているけれど、認められているとは毛頭思っていないのだ!
「驚いた、スクリーンから出てきたみたい」
おばあさまがそういった瞬間、わたしの頭は沸騰寸前だった。スクリーンから出てきたわけがない。わたしはちゃんと、広島の田舎で、福岡出身の母の身体から生まれたはずなのだ。
ああ恥ずかしい!! そう思っているくせに、わたしの心の奥では仮面ライダーオーズの欲望メダルのようにチャリンチャリンと音が鳴っていた。自尊心や自己肯定感がものすごい速さで上がっていく。
ともだちがわたしのフラペチーノも持って席へやってきた。おばあさまは「あらともだちもとってもかわいい!」と言った。
そりゃ、わたしよりもともだちはとってもとってもとってもかわいいのでおばあさまの言い分は正しい。
ともだちはなにもわからずフラペチーノを2つ持ちながら「ありがとうございます」と笑った。
それから世間話のようなわたしたちを誉めてくれる話を聞いて、連絡先を交換した。悪い人ではないと思いたかった。
おばあさまはもっと話したいから電話をかけますとわたしたちの連絡先が書かれた紙を大事そうに持ってスターバックスを出て行った。

おばあさまが出て行ったあと、わたしはともだちに彼女が知り合いではないこと、席に荷物を移動させていたら突然話しかけられたことを伝えた。

「連絡先、おしえちゃったね……」

わたしたちは、数分話した時間でおばあさまが悪い人ではないと思っていた。
それでも不安だったのは、おばあさまがしきりに言った「ほかの若者より目がきれい」という言葉のせいだった。
なんだその褒め方。目は心の鏡、みたいなことを言っていた気がする。そうなんだ。知らなんだ。

何かの勧誘かなあ。ツボ売られるかなあ。宗教勧誘だったらわたしたち、仏教の高校だったから歌ってみようか。
そんな軽口を叩きながらその日わたしたちは別れた。

おばあさまはきっと、変なひとなんだと思う。べつにかわいいわけじゃないわたしに話しかけるくらいなのだから。
だけど、「今の若者は」と罵られて育った自分にとって「ほかの若者とちがってきれいな目をしている」と言われたのは素直に嬉しかった。

別にね、わたし きれいな目はしていない。カラコン入れてたし、二重だってアイテープでつくった偽物だし、わたしが取った席の上にはちょうど照明があった。たまたま、そんなふうに見えただけでデジタルネイティブの世代を生きているわたしの目はきっと昔の若者より濁っている。
だけど、褒められるのも悪くないと、そう思ってしまったのだ。

やばそうになったら電話番号を変える。
それでいいから、褒められる関係を楽しもうと思う。
24日、おばあさまとランチに行く。そのことも書いてアップしようと思うけど、アップされなかったら洗脳されたか埋められてるかもしれないから察してください。

わたしはスクリーンから出てきたわけではないけど、綺麗な目もしていないけど、きっとずっと、褒められることを待っていたんだ。

(2024.4.22)

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