翻訳同人誌サンプル「星の子供」

翻訳同人誌の第三弾を無事発行する運びとなりましたので、サンプルを掲載します。
第一弾、第二弾に引き続きオスカー・ワイルド作品で「The Star Child」を翻訳しています。1月28日以降Xfolio上で通販予定ですので、ご興味ある方は是非お手にとっていただければ幸いです。

むかしむかし、ふたりの貧しい木こりが、広大な松林の中を家に向かって歩いていました。冬の、ひどく寒い夜のことです。地面は厚い雪に覆われ、頭上の枝にもまた、雪が降り積もっていました。歩くふたりの両脇からは、霜で小枝がぽきりと折れる音が聞こえます。ふたりが『急な谷川』にたどりつくと、川は凍りついて宙につり下がり、こそとも動きませんでした。『氷の王』がその流れにくちづけたからです。

あまりの寒さに、獣も鳥もどうしたものか途方に暮れていました。

「うぅー!」尻尾を脚の間に隠して茂みの間をよろめきながら、オオカミはうなりました。「まったくひどい天気だ。どうして政府はなにもせずにいるんだ?」

「知ってる! 知ってる! 知ってるわよ!」アオカワラヒワがさえずります。「年老いた大地が息絶えたのよ。それで白い死に装束を着せてやって、横たえたんだわ」

「大地は婚礼をあげるのよ。あれは花嫁衣装だわ」コキジバトたちはささやき交わします。その小さな桃色の脚はひどいしもやけになっていましたが、この状況をロマンティックに捉えることが自分たちの任務と考えていました。

「ばかばかしい!」オオカミが怒鳴ります。「いっとくが、これはすべて政府の責任だ。俺の言うことが信じられないってんなら食っちまうぞ」オオカミは極めて現実的な考えの持ち主で、理屈をこねるのに苦労したことがありません。

「ふむ、わたくしに言わせれば」生まれついての哲学者、キツツキがつぶやきます。「原子論で説明することとは思いませんね。物事がそうなのであれば、それはそれ。そんなことよりも恐ろしく寒いじゃないですか」

恐ろしく寒い。そのとおりです。高くそびえるモミの木をねぐらにしているリスは、暖をとろうとお互いの鼻をすり付けあっていますし、ウサギは寝床の中で身体を丸め、外を見に行こうとすらしません。楽しんでいるのはアメリカワシミミズクぐらいです。その羽には霜が降り、カチカチに凍りついていますが、気にしたふうもなく大きな黄色い目をぐるぐるさせ、森のむこうの仲間と叫びあっています。「ホーホー! ポーポー! なんてすばらしい天気なんだ!」

ふたりの木こりは指にさかんに息を吹きかけ、固い雪の上に、鉄の靴鋲を打った大きな長靴の足跡を残しながら、えっちらおっちら歩き続けました。あるときは雪だまりにはままってしまい、石臼で粉を挽いているときの粉屋のように真っ白になってそこから抜け出すことになりました。またあるときは、凍った沼の、つるつる滑る硬い氷の上で足を滑らせて薪の束を落としてしまい、拾い上げて縛り直すことになりました。さらにあるときは、道に迷ったように思えてきてしまい、ひどい恐怖にとらわれることになりました。雪が、その腕に抱かれて眠るものに対して無慈悲なことを知っていたからです。ですが、あらゆる旅人を加護する聖マルティヌスを信じ、自分たちの足跡を注意深くさかのぼったおかげで、ついに森のはずれにたどりつきました。そして眼下に広がる谷の遙か遠くに、自分たちが住む村のともしびを見つけたのです。

ふたりは助かった喜びに大声で笑いました。いまや大地はしろがねの花のよう、そして月は黄金こがねの花のようにふたりの目には映りました。

ですが、ひとしきり笑った後で悲しみが襲ってきました。自分たちの貧しさを思い出したからです。木こりは相棒に言いました。「なんで浮かれちまったかねぇ。世間ってのは金持ちどものためのもんで、俺らみたいなののもんじゃねぇのになぁ? 森の中で凍え死ぬか、獣どもに襲われて殺されたかした方がマシさね」

「まったくだぁ」相棒がうなずきます。「多くもらえるやつもいりゃあ、ちぃっとしかもらえないやつもいる。不正が世の中を分けへだて、悲しみ以外はひとっつも平等じゃねぇ」

ですが、そうやってお互いに悲運を嘆いていると、奇妙なことが起こりました。天から光りかがやく美しい星がひとつ、降ってきたのです。それは大空のはしを、天を巡る他の星々の間を縫って滑り降りました。彼らが驚いて目をみはっていると、目と鼻の先にある、小さな羊の囲いのそばに茂った、柳の木立のむこうに落ちていったように見えました。

「おぉっと! あれを見つけられれば壺いっぱいの金貨になるぞ!」ふたりは叫び、走り始めました。それほどまでに金貨が欲しかったのです。

足の速い方が相棒の先を行き、柳の間をかき分けて進んでいくと反対側に出ました。驚いたことに、たしかに白い雪の上には黄金きん色のものが横たわっていました。急いで駆け寄ってかがみ込み、その上に両手をのせました。それは黄金色の薄絹でできたマントで、丹念に星々が刺繍されており、幾重にも折りたたまれていました。そこで相棒に向かって大声で、空から落ちてきた宝物があったぞ、と叫びました。相棒がたどりつくと、ふたりは雪の上に座り込み、黄金のかけらを分けあおうとマントのひだをほどきました。ですが、残念なことに、そこには黄金もなければ、銀もなく、それどころかお宝の類いはなにひとつなく、ただ、小さな子供が眠っているだけでした。

相棒は木こりに言いました。「しょっぺぇ結末だな。幸運なんてものはねぇらしいや。赤ん坊ひとりいたところで何にもならねぇさなぁ? 放っておいて帰ろうぜ。おれたちゃ貧乏で家にはガキがいる。知らねぇ赤ん坊にあいつらのパンをやる余裕なんざねぇ」

ですが木こりはこう返しました。「いんや、雪ん中で死ぬのがわかってて子供を置いていくなんて、ひでぇ話じゃねぇか。そりゃあ俺はおめえとおんなじぐらい貧乏で、子供を山ほど養わなくっちゃなんねぇ。でもな、こいつがなんの足しにならなくても、自分ちに連れて帰るわ。んで、かぁちゃんに面倒を見させるさ」

木こりは壊れ物のように子供を抱き上げると、凍てつく寒さから守るためにマントでくるみ、村に向かって丘を降りていきました。木こりの愚かさと心優しさに、相棒は舌を巻きました。

村にたどりつくと、相棒は木こりに話しかけました。「お前は赤ん坊をもらうんだから、おれにはマントをくれや。山分けするのが世のことわりさね」

ですが木こりは首を振りました。「いんや、このマントは俺のでもおめえのでもねぇ。この子のもんだ」そして相棒に気をつけて帰るよう言うと、自分の家に戻り、扉を叩きました。

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南海アスカ
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