【小説】重要かつ緊急なる会議

つまみをどうするか。

超高級クラフトビールを眼前に、我々の会議は長い沈黙から開始した。

「フルーティな味わいを活かすには、塩辛いものが適切かと」
「同感ですな。生ハムなどは如何です?」
「塩辛いと言っても生ハムとアンチョビではテイストが異なる。生ハムは貴職のワインにでも合わせるがよろしい」
「ではこの超高級クラフトビールを、まさか塩茹で枝豆なんぞで召し上がるおつもりですかな? 野球観戦でもあるまいに」

開戦が切られればそこからは己の信条。宗教戦争とも形容すべき地獄がそこには広がっていた。

「逆に甘味と合わせるのも一興かと」
「ふむ、ハーゲンダッツならば見劣りもするまい」
「馬鹿な。メインディッシュ前にデザートなど言語道断」
「なるほど。前菜のクリームチーズは甘味には含まれないと仰る」
「前菜のどこがデザートなものか!」

議論は白熱し、脱線する。

「そも、誰がクラフトビールなど用意したのだ! 我々は伝統的に麒麟ラガーを信奉してきたではないか!」
「経験不足が招いた一種の事故ではありますな。各々方、一度冷静になりましょう」
「ところでラーメンとビールは合うのに、何故同じ炭水化物の米やパンとは、そこまで相性が良くないのでしょうな?」
「ひとえにパンと言っても、ハンバーガーとは合うではないか」
「ハンバーガーをパンと見なすかどうかは、別の議論が必要でしょうな」
「いっそ冷酒ならば、ここまで進捗のない会議は無かっただろうが……」

気が付けば参加者のほぼ全員が息も絶え絶えに、一様に疲労の色を見せていた。

「……まずは一杯。落ち着けましょうか。つまみは保留で」

誰ともなく発した言葉は満場一致で決議された。
小さいグラスに全員分注がれて乾杯をする。

「鼻に抜けるこの香り。若い女性がハマるのも得心がいきますな」
「塩辛いのが欲しいと思っていたが、甘みもまた一興。恐らく合うな」
「先程は大変失礼した。今やクリームチーズが欲しくてたまらない」
「超高級クラフトビールには超高級つまみを用意するのが礼儀だと思っていたが、それすらも見直す必要がありそうですな」

思い思いにクラフトビールを味わいながらそれぞれにつまみを夢想する。しかし先程までとは違い、お互いにお互いの価値観と好みのつまみを受容するものであった。

「結論、つまみなし! 我々の親睦を深めようではありませんか」

それに異議を唱える者は、誰一人居なかった。


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