見出し画像

"The Sky Prison"第三章「月明かりで踊る」

・登場人物紹介、これまでのお話はこちらから

さっきまで仲間だった人間の命を、いとも簡単に奪う。
空賊にとっては当たり前の事なのかもしれない。

しかし温室育ちのアンにとっては到底受け入れ難いことで、
しかも密かに想いを寄せていた相手が目の前でそれを遂行したとなれば、
彼女が心に負った衝撃は相当なものだった。

—初めて船長に話しかけたあの時、一歩間違えば私も殺されてたの…?
あの人は今まで何人手に掛けてきたの…?

アンの頭の中に、いつまでもそんなことがぐるぐると渦巻く。


「アン?元気?最近食欲ないみたいだけど。」

倉庫に引き篭ってばかりのアンに、レヴィンは伝声管づてに懸命に話しかける。

「ラカムに聞いたよ。あの決闘、見てたんだってね。
アンは密偵だから殺せ!なんて言われたからさ、仕方なく船から落ちてもらった。」

アンは黙って聞いている。

「…アンを守りたかったんだよ。分かってくれる?」

そうレヴィンに言われた瞬間、アンの心の中で何かが弾けた。

「ごめんなさい…私が悪いの…
私が悪いのにあなたを危険な目に遭わせてしまって…」
堰を切ったように泣きだすアン。

「おっ、やっと声を聞かせてくれたね!良いんだよ気にしなくて。
そうそう、新しい酒が入ったからこれから皆で宴をやるんだ。
一緒に行こう!」

Dancing In The Moonlight

—「レヴィン!お前しばらく禁酒だって言っただろ!忘れたのか!」

「いっけねぇ…忘れてた。はぁ、美味い飯が食えるだけ良しとするか。」

「(珍しく船長がレヴィンを叱ってるわ…) 残念ね。それなら私も飲まないでおくわね。」

宴は夜中まで続く。
酔って長々と武勇伝を語るラカム船長を放置して、
二人は宴を抜け出した。

遠くから聞こえてくる音楽に合わせ、二人は煌々と照らす月明かりの下で踊る。

「はぁ…上流階級の踊りは難しいね。全然できないや。空賊式の踊りのが俺には合ってる。」

「もう終わり?私たちの世界では常識よ?踊れないと結婚できないから。」

「そうなんだね。金持ちってのも大変なんだな。」

「…」

意を決して想いを伝えようとするアンに、レヴィンは察してこう遮る。
「…大事なことを伝えとかなきゃいけない。
俺、実は女なんだ。
本名はメアリ。ラカムと結婚してる。」

思わず硬直するアン。

「うそ…信じないわよ!?だってその声どう聞いても男性じゃない…」

「この声は軍隊に入る前、女だってバレないようにわざと鉄串で声帯を傷つけて低くしたんだ。
これで信じてもらえる?」
メアリはシャツをはだけて自分の胸を見せた。

「家が極貧でね。給料を稼ぐために男として育てられて軍隊に入った。
ラカム以外には女だっていうのはバラしてこなかった。
アンを船に乗せたのは…女友達が欲しかったから…
黙ってて本当にごめん。」

「…なぁんだ、そういうことだったのね!」

アンは笑顔で答える。
「これからもよろしくね、メアリ。」


第三章解説

楽曲「Dancing in the Moonlight」にあたる、物語で重要な部分です。

目の前で人が殺されるところを、アンは一度も見たことがなかったのでしょう。
レヴィンの素顔を見てしまったことでアンは悩みます。

ちなみにレヴィンは「船から落としただけ」と言い訳してますが…
いや、雲の上から落としてますやん。
(Draw You Daggerの歌詞でも攻撃的なことを言ってます)

でも「アンを守りたかった」という理由を聞いてアンは彼を許してしまいます。むしろ私が悪かったと。
危険な男に惚れてしまうタイプですね…。

どんでん返し

さて、ウキウキ気分でレヴィンがアンを呑みに誘うものの、
レヴィンは何をやらかしたのか、船長に禁酒令を出されていたことが判明。
さらにラカム船長は酒が入ると武勇伝が長い。めんどくさい上司ですね。

しかし、アンはこれがチャンス!とばかりに、
退屈になっているレヴィンを踊りに誘い、別の場所へ連れ出します。

ですがレヴィンは踊りの教養が無いことが判明。
「踊れないと結婚できない」とアンはまくしたてます。
ここにきてようやくレヴィンはアンの気持ちを察します。(案外ニブい)

どんでん返しその1。レヴィンの正体はもう一人の主人公、メアリでした。

男性だと思っていたら実は男装した女性でした。…というオチは様々な作品で描かれています。
しかし誰もが思っていて、
誰もが言ってこなかったことを私は敢えてここで言います。

「声でバレるやろ」

どんなに女優さんが低い声で頑張っても、女性が男性の声を出すのは難しいのです。(稀に両声類と呼ばれる方達はいますが)

そこでこのシーンに盛り込んだのが、ホルモン治療ができないFtM(身体は女性だけど心は男性)のトランスジェンダーの方が、「喉をバーベキュー用の串でグサグサ刺して男性の声を手に入れた」という実話です。

(真似するのはおすすめしません!)

メアリの場合はトランスジェンダーではなく、生活費を稼ぐために男性として育てられ、声を改造しました。
なので性格は男性的ではありますが、本能的には女性である部分は残っています。

どんでん返しその2

「メアリはラカム船長と結婚してる」

ここは史実と変えたところです。

これで第一章、第二章の伏線がほとんど回収されます。3人の邂逅シーンを読み直すと面白いかも。

最初は船長が女性と会話してるので嫉妬するメアリですが、
よく見るとアンは育ちの良さそうなオシャレでキラキラした少女であり、
女性として自分と正反対のアンに興味を持ったのです。

あれだけイケメン強くて狂気的なキャラなのに、
「女友達が欲しかったから」という純粋な理由が、可愛い。尊い。

第五章は明日更新予定です!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?