『✕○!i』第35話「世界の終わり」
着いた場所は、
町中の貸コンテナです。
今日この日の為。
そして、
捧華がベースを心地よく弾く為に、
以前から探しあてていました。
しかし捧華は寮生活に入る。
ですから、
今日この日の為の、
心の修練の場所です。
………………
…………
……
扉を開けると、
コンテナ独特の匂いがする。
僕は、
捧華に先に入る様に促します。
捧華が入り、
僕も続いて、
内側から鍵を掛けて、
再確認も忘れません。
「それじゃ適当に座って?」
ハテナ顔、
してるかい捧華?
もう、しばらくその顔も、
見れなくなるんだね……。
「お父さん? 電気。電気を点けてください。暗いのです」
いやこれでいいんだ。
「捧華、電気はつけない。この闇が、これから捧華の師となる」
本当は洞窟深くとか、
闇は濃ければ濃い程好いのだけれど、
町中では、
これが考えうる精々でしょう。
捧華は訝しむも、
よく従い座ってくれました。
僕も座る。
あぐらがかけない体質ですから、
割座です。
格好がつきませんが、
それが僕らしさでもあります。
厳かさも必要ですが、
僕は自然体を選択しました。
気配から、
ふたり向かい合います。
暗闇の中、僕が先に礼を払う。
見えない中でも察してくれて、
彼女も礼で応えてくれました。
まずこの場にて一手。
「これから捧華との対話に、礼を尽くす為。僕は捧華に僕の命の在り処を伝える。よろしく頼む」
捧華が畏まる気配。
「僕は大樹のひとひらの葉です。幹を担う程大きくも太くもなく、優秀でもない。ですが、僕は大樹の中の一因である自覚はあります。ですから、僕は、自らの在り方に縛りを設けました。大樹を、みんなを、幸福にできる可能性が高く、なおかつ僕自身に無理がないものを。僕が僕らしくある為の枷です。それは、神仏への希望の託し。全てがあるべくしてそこにあるのなら、僕に、憎悪なら愛でかえすすべを、愛ならば愛を相乗にかえすすべを、どうか僕にお与え下さい、とね。もしも憎悪で僕が倒れるなら、その枝の連鎖そのものを剪定し、よりお健やかであって下さいと。僕には倖子君がいて、捧華達がいる。もうそんなに欲しがるものはないんだよ。僕はたくさんの愛に支えられていますから。それが、捧華のお父さんである。早水心也の命の在り方です」
僕に暗闇がまとわりついて、
捧華が見えない。
気配だけが頼り。
ここからが“壁”の貼りどころです。
「捧華? これから僕は捧華に壁を貼ってゆく。それでも、憶えておいてほしいのは、凡庸な人間の、あくまで暫定的な壁に過ぎない事を、忘れてはダメだよ?」
愛娘の葛藤が気配から伝わる。
それから……、
「壁? ざんてー? ですか……?」
「そう、人は一人ひとりが、せかいの体現者なんです。僕の壁なんて、そこら辺の小さな石ころさん程度にしか感じない人だっている。それを忘れない事だよ」
きっ
と、
兆しから、
「わかりました」
凛とした声音で応えてくれました。
善し。
「それではゆくよ」
僕の次の手、
「捧華はさ? 人と人同士がわかりあえるって思う?」
「っ……? うん? 当然じゃないでしょうか……?」
捧華は唐突感に即時応答。
捧華、人生の景色には様々な標識が出ている。
早さだけなら、
ゆっくりと景色を眺めたほうがより善い。
次々に手を打ち、
“壁”を貼ってゆく。
「それなら、どこまでわかりあいたい? どこまでわかりあえたら、捧華はわかりあえてるって思える?」
捧華から感じるもの。
不安、当惑、焦燥……。
それらは彼女を疲弊させてゆく。
「いっ、一心同体って、感じ……でしょうか……?」
気に臨み易し、
「うん、捧華は僕には、有難い指し手です。だとしたら訊きたい」
捧華は、
仕方がないが受動的に心の体勢を崩す。
「ど……どうぞ? お父さん」
あと何手かで詰みが見えてくる。
「捧華はその人と居て楽しい? ううん、一緒に居たいと思うかい?」
「そっ、……それはそうなのです。寮に入るのもそんな人達に、たくさん出会いたいからで……。お父さんは違うのでしょうか……?」
考えるより焦りで言葉を吐き出す様な彼女。
彼女は僕の言の葉の檻に入り込み始めてる。
「人がわかりあえる、または、わかりあえない事を、僕なりに考えると、僕は一緒に居たくない。居る必要がないって思う」
何故の捧華の気配。
「……お父さんは、なぜそんな哀しい事を……言うのでしょうか?」
確かに哀しい事です。
しかし、
「僕には、その人はもう僕でしかない。愛情を注げても、虚しさを覚えるだろうし、憎悪なんて、問題外。本当の消耗戦になってしまう」
納得できなさそうな彼女の空気。
そう……、
人の言葉に簡単に引っ掛かってはいけないよ。
「あたしはそうは思えないですが、お父さんはわかりあえない方が幸せなんだね?」
「現在はイエス、だよ」
返す刀を彼女は振るう。
「でも? たとえ一心同体でも、それは言葉のあやなのでは? お父さんとお母さんだって仲良いでしょ? それでもやっぱり、ひよくの鳥は居ないのではないでしょうか?」
うん?
「ひよくの鳥? ……ん? ……ああ……、比翼連理か」
打ち込まれた事に、
素直に喜べる自分は好きだ。
それでもその打ち込み方では……、
「へこんで学べたよ。それならこの一手を、捧華に示そう。捧華自身も認めた。人は、『わかりあえない』よね?」
「……ぇ? ……あたしが、認めた……?」
諸刃の剣が自身を斬りつける事になる。
「……ん? …………っ、ってあーーーーっ! どうしてお父さんはそうなのです! 屁理屈です。揚げ足ですっ。極論なのですっ。結局なにが言いたいのですか!?」
極める事など有り得ない。
それでも……、
「僕の論理を極論と言ってくれて、有難う。人々が完全には、わかりあえない可能性は、捧華と共に、仮に提示できました。今度は、人々が完全に『わかりあえるせかい』の可能性を、仮に提示してゆきます。捧華は人々がわかりあえるせかいは、どんなものだと想像する?」
捧華の気配がゆらゆらと、
疲れに揺れる。
捧華頑張れ。
「そ、それは、最高に平和で幸せな世界なのでは? ……どうせあたしはバカなのでっ。お父さんが教えてくれればそれでいいのですっ」
痛い。……胸が痛いなぁ。
大切な人が自分を卑下するのをみるのは。
「ごめん捧華。今の捧華が、長い間、長年の、僕の生き方だよ。腐ってしまう事、投げ出してしまう事が、人を最も幸福から、遠ざけてしまう事のひとつなんです。お願いだよ、捧華?」
どうか
と、
想いを込めて頭を下げる。
「……う、はい…………、…………………、……、ごめんお父さん、……お父さんの可能性を教えてください」
僕の様にはならないでくれよ。
捧華が哀しむから口には出さないけれど。
「はい。僕にも幼い子供の時分はありました。大切な人に傍に居てほしい。ケンカして仲直りや、そいつらの笑った顔が見たい」
僕は少し震えているのだろうか……、
「……それでも、僕なりに人がわかりあえるせかいと、人がわかりあえないせかいを想像して、壁を見つけ、僕は人がわかりあえないせかい。僕は人がわかりあえないその生き方を選びました」
「うん。極論でそのふたつを選ぶなら、それならわかるよ。あたしだってわかりあえない方がいいと想える。……でも……それでも、やっぱり哀しいので、それでも、あたしはわかりあえるって、想いたいのです。信じたいのです! 孤独は、……ひとりぼっちはイヤですからっ」
僕らはようやく合点しました。
そして、
僕は、
このせかいの終りの“壁”から学んだ。
大切な輝石。
ギフトを捧華に渡します。
これが、
とりあえず僕の、
せかいの終りの詰みの一手。
「捧華? 僕がこの壁を見つけて、きっと神仏から頂いた。とても素敵な贈り物があるから、よかったら、どうか受け取ってほしい」
そうして僕は、
さ
と、
華を捧げました。
「みんながみーんな、ひとりぼっちなんだって、もしも証明できたらどうだろう?」
彼女は、
「…………、…………っあ!」
きっと納得して両の掌を、
ぽむんと打つ音が響く。
僕の大好きな捧華の笑顔。
ニコぱっ☆
そうだよ?
「僕らは『孤独』で繋がれる」
いわばひとりぼっちのぎゃくせつ。
だからぼくらはふたりぼっち。
それがぼくのせかいのおわり。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?