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『OD!i』第55話「愚者もしくはヴァース‐コーラス③」

「……ふむ、つまりおおよそは二人共が、命に触れていられる場所。音に触れていられる場所に居たくて、なおかつ、永遠払いに甘えていたくはないという所か」

 小津店長は腕組みをしながら、

しばらくして、こう仰る。

「とりあえず原則として、アルバイトには絶対に厨房に立たせない。だから君達には、接客しか今のところは選択肢はない、」

と、ここで小津店長は愉しげな笑顔で間を置き、

次の言葉を仰る。

「が、だ。君達には音楽への興味がある。そして、僕はこの店の長(おさ)だ。新たな才能を前にして、楽しくない訳がない。三尾くんにはドラムを、早水くんにはベースを、それぞれ聴かせてもらいたい」

 あたしにはまさかの展開、

……でしたし。

 本当に人に聴いて頂く為の演奏って、

あたし、これが初めて……だな。


「君達の事を、よく聴かせてくれ」


そして、


初めての舞台へと上がる事となったのです。


………………
…………
……

 はじめは、先に来ていた三尾氏から、

予めかどうかはわかりませんが、

お店の南側の舞台には、

ギターとベースとドラムセットが置かれていました。

これもコンお兄ちゃんとポップお姉ちゃんのお陰かしら……?


その間にお父さんの言葉を思い出しているあたし。


……捧華?……一番簡単な楽器は?……一番難しい楽器は?……

……そんな疑問があるけれど、僕はその質問は無意味だと思う人です……

……それこそ一番近い宇宙の果ては何処なの?……

……そんな質問に似ている……

……どんな楽器でも極めようとすれば何処まででも広がってゆく……

……初心者、中級者、上級者なんて言うけれど……

……僕の理解では上級者とは、ようやく地球外に出られた人物の事だよ……

……宇宙(がっき)の果てなんて、きっと見えない……

……完成したと思ってしまえば、それはその演奏家の限界だ……


 そんな事を思い出してる間に、

三尾氏はドラムの椅子に座り、

小津店長からスティックをお借りしていました。

それから小津店長は、ベースの様々な、

あたしではわからないセッティングをして、

「ウッドベースじゃなくてごめんね」と、


三尾氏へ前置きし、


弾き始めながら、


さも愉快に、


「さぁ♪ 三尾くんの好い時にスウィングしてくれ♪」


そして、結果の…………、

………………
…………
……

 小津店長の最初の一声、

「三尾くんは、ドラムという楽器自体に、今日初めて触れた様だね」

三尾氏の表情は、先程から曇ったままです。

「はい……。すみません。やはりそういう事は、伝わってしまうものなのでしょうか?」

「うん。三尾くんは、ドラムセットに対して、何のチューニングもセッティングもしなかったからね。後はリズムを聴いてしまえば、弘法筆を選ばずでは無い事、つまり筆を選んだ事さえない事はすぐにわかってしまうよ。しかし、何れ程の練習を、生ドラムに触れずに積んできたかを思うと、三尾くんの演奏を高く評価する」

小津店長はそのお言葉だけで、

三尾氏とは切り上げて、


 次は、


………………
…………
……


あたしです!


「早水くんの相棒がマニとすると……、少し判断に迷うけれど、ここはオルタナティブ・ロックと捉えさせてもらおうか」

 小津店長は今度はベースをチューニングしてから、

ギターに持ち替えて、さらにギターをチューニング、

「ピックはそこら辺から、なんなら指弾きでも♪ セッティングはいじらなくていいからね♪」

と仰り、

あたしにベースを、優しく丁寧な所作で貸して下さる。


あたしはベースのストラップを調整しながら、


……う……うん、……はい、なんとなく浮気している罪悪感とは、

こんなに居心地が悪くなるものなのかしらと、苦悩する。


 ……でも!


これからこういった機会は増えていく、

増やしていかねばならなくなるはず!

マニじゃないベースとの相性から来る不安や、

小津店長がどの様な曲を奏でられるかで、

頭は一杯になり、今はまだ待つと決めているのに、

フルドライヴしたい気持ちにさえ駆られる始末……。

「それでは、早水くんのグルーヴを、今度は楽しませてくれ♪」

 小津店長はコードを鳴らし、

直後の歌声で初めて聴く歌曲と分かる。

ですがっ、

ロックならっ!

………………
…………
……

「……早水くんはロックを多少分かっているようだね。そして、これも分かっていると思うけれど、音楽をしっかり聴いている方達には、その演奏ではまだまだ満足はして頂けないよ?」

……やはり、そうですよね……。

「いえ、ちょっと待って下さい。早水? 今の曲知ってたのか?」

 萎むあたしの上を、

三尾氏のお声が通過していくのを、

なんとか掴み取ります。

「……い……いえ、初めて拝聴しました。小津店長の歌唱からも、原曲を拝聴したいぐらい熱情がわく歌曲です」


 三尾氏は続けて……、


「歌の一番は、なんとなく早水がブレて感じたけど、二番以降、わいさは感動したぞ?」

「それは先程の歌曲が、著しくロック、ヴァースとコーラスの形だと、すぐに判断できたからです。もしも、ウッドベースでジャズを弾きなさいだったり、ロックと呼ばれていても、プログレッシヴなものを、という事でしたら、あたしは小津店長に、演奏を最後まで続けて頂ける様な事はなかったでしょう」

「そゆこと♪」

 小津店長の笑顔を見る限りは、

そこまで粗相を働かなかった自分を、

少しだけ褒めてあげようと思えました。

 そして、楽器達や、

聴いていて下さった、

一途尾氏を含めた店員の皆さんへ、

深く三尾氏と御礼して、


ふたたび最初に通されたお部屋へと、


戻ったので御座居ます。


………………
…………
……

「結論から言おう。うちに来て接客のアルバイトをしてもらうのは、三尾くんだ」

 ……そうですか、

……悔しい、結果です……、

それでも次に繋げる為には、

落ち込むだけじゃダメだ。

 せめて……、

「小津店長? あたしは何処がダメでしたか? もしもよろしければ理由をお聴かせ下さい」

「うん。短期的に見るなら、早水くんの方が、本来なら雇いたいぐらいだ。相手に礼儀を尽くしたい気持ちは伝わるし、音(あなた)も気に入ってる。なにより、可愛い。とても好い人材だ」

 お父さん以外の年上の人から初めて可愛いって言われて、

あたしは顔から火が出るという言葉の意味を体験する。

わちゃわちゃなっちゃう……!

「でもこの店の主、小津という人間は、人が芽吹く瞬間に感電してしまう人間なんだ。早水くんはもう芽吹き始めている。そして、三尾くんはこれからがとても大事なんだよ? なぜならドラムという楽器が、とても簡単で、とても難しい楽器だからだ」

 あたしはその意味はきっと理解できている……。

それは、お父さんとの思い出から……、

「ドラムは誰が鳴らしてもそれなりにそれなりの音をかえしてくれるやさしい楽器だ。けれど、その音を鳴らしてくれる為の環境を整える事が、とても難しい楽器だ」

 やはり……そうですよね。

「普通学園の音楽室は充実しているから、君達のメンバーの中で練習ができない楽器は、おそらく無いとさえ言い切れる。それでも音楽室から一歩出たら、ピアニストなどもそうだが、三尾くんには本物のドラムに触れられる機会がおそらく無いだろう? みんなが自室や自然の中で音が出せても、環境を作り出す時点で難易度が高いという楽器がある。電子ドラムが買えたとしても、バスドラは特に響くしね」

 選ばれた三尾氏は、

未だに表情が曇っています。

あたしがこんなに落ち込んでいるのですから、

選ばれた三尾氏の表情が明るくないと、

釈然としません……。

「つまり……わいさは、小津店長のお情けで選ばれたのでしょうか?」

 あ……、そんな事を思っていらっしゃったのですね。

「三尾 正公くん。君がどう思おうが君の勝手だ。だが、伝えたね? 短期的に見れば、早水くんだと。つまり長期的に見れば、君の方が僕には、この店には有益だと判断しているという事を、忘れないでほしい」

「……わいさは短期的に考えても、長期的に考えても、今の早水さんに及ぶ気がしません」

「落ち込む君はマイナスしちゃうぞ? 君の最大の武器は、本物を触れた事すらない演奏からさえ、ひしひしと伝わってきたドラムへの熱意となにより親しみやすい人柄だ。大いに感電させてもらえると期待しているんだよ♪」

 それにね?

と、小津店長は付け加えて、

「ベースとドラムの技量を比べても特に意味はない。同じドラムにしたって、明確なジャンルが違うドラムなら、それにも意味がないとさえ思う。この店の主は、三尾 正公のこれからの音(かのうせい)に深く関わりたいのさ。これで自信取り戻してもらえると良いけど?」

 小津店長の本日の接客のアルバイトの面接は、

「早水くんはかたい。三尾くんはやわらかい。打ち『解』けて、皆『輪』になる。それが三尾くんを選んだ一番の理由で、この店、解輪の最高の望みさ♪」

これにて終了致しました……、

今日はまだ続きます。


 ねはんってどんなところかな?
きっとねむっているいじょうのしずけさを、
ぼくらにあたえてくれるよね?

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