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『✕○!i』第33話「憎しみに満ちた愛」

 パァンッ!!!!

 案の定、第四の壁を再び行使した途端、

倖子君の平手打ちを左頬にくらいました。

 だけど、左頬の痛みが些細なくらい、

僕の心は良心の呵責による責苦に苛まれている。

「あんたなんか、はやく死ねばいいのにっ!」

「うん、そうだね」

 僕が死んでしまえば、倖子君をこんなにイラつかせる事もない。

どうして僕は倖子君を解放する事ができないのだろう……。

もちろん、彼女が好きだし、彼女でないなら、僕はもう人を愛さない。

けれど、これでは倖子君にも人生における責苦を強いているようなものだ。

 僕はひょっとして愛情以上に倖子君を嫌いなのではないだろうか……?

憎悪、しているのではないだろうか?

バタフライ効果のように、ほんのわずかな心のゆらぎで、

様々なものの在り方が一瞬にして様変わりしてしまうのが、僕の心情です。

とりあえずはどうしたって、僕には倖子君以上の確かな寄る辺がない。

藁にもすがる思いで倖子君に語りかける。

「ごめん、ごめんなさい。僕には、そんな言葉しかありません」

「貴方ねぇっ!? いっつも謝って済まそうとするけど、謝罪の言葉なんて無意味よっ!」

「他にどうしたらいい? 僕にもどうしようもできないんだ」

「……、殺人が合法なら、貴方なんて、私がとっくに殺してる」

「いいよ。倖子君が僕を殺せば満足なら、殺されても仕方がない」

 僕のその言葉で、しばらくお互いに沈黙し、倖子君から口を開く。

「はァ、もういいよ、バカだんな」

「うん、君が居てくれないと、何もかもうまくはいかないんだ」

 倖子君の慈悲で、僕らは今後の生活の準備を始める事になる。

倖子君に準備の最中、神代学園長と何を話したのか訊かれたので、

僕はできるだけ丁寧に話した。

「森の内部ではあらゆる出来事が起こり得る……ね。双子と捧華が生まれてきて、私も、私が思っていたよりは、子供が好きなんだって分かった。でも、こんな私達に都合の良い幸せだけが与えられているなんて、一日だって思った事ないわ。捧華は選ばれているってどっかで分かってた。それにしても業の深い話しだわ……」

「僕は、双子の言葉を信じて、選択を捧華に委ねました」

「もちろん私達も行くんでしょう?」

「うん。そうなってしまったらね。門番だけだけど下見しに行く。一緒に来てくれるかい?」

「だから、貴方は野暮なのよ。次はこぶしで殴ろうか?」

「有難う」

 それからは、お互いが覚悟を確かめるかのようにお部屋は静まった。

………………
…………
……

 ダイニングテーブルで倖子君と隣同士の椅子に休憩する。

しかし、ダイニングテーブルの中央には、

大きめの白いお皿が何も載せられず置かれていたので僕は首を傾げる。

 ん? お菓子を入れるお皿かな? あっ! お花を生けるのか! だけど……うち花瓶無いしな……、謎です。

「あの……?」

「何? 心也君」

「この白い大皿は何の為に用意してあるんですか?」

「ああ、それね。心也君の生首を載せようと思って」

 もの凄い何気なく言われたので、

「ああ、そうですか」と空返事しそうになる、が!

「ぇ、ええっと……、そのお皿に僕の生首が置かれた時点で僕死んでますよね?」

「まァ、そうなるね。だって殺していいんでしょ? コンちゃんとポップちゃん、捧華も大喜び間違いなし♪」

「そんな愉快な殺され方してたまるかっ!!」

「おうおう心也君乱れてるねぇ」

「なんで倖子君はことある事に僕を努めて明るく殺害しようとするんですか!?」

「だってあなた、暗いし、醜いし、臭いし、ハゲだし、デブだし、ウザいじゃん?」

 ぅ……、ぅぅ……、全部言い返せない……。言葉も無い。僕は肩を落とす。

「私は謝んないからね。そんくらいは軽く傷ついてんだから」

 そうか……。それなら僕にも理解できるのかもしれない……。

倖子君がどんなに離れていても、僕は傍に居て、倖子君を守りたい……!

第四の壁が如何に有用だろうと、自分に都合が悪くなったらリセットなんて、自己中心的に過ぎる。

 しかし、僕はバランスをうまくとらねばならない。

何が本当かなんて分からないけれど、僕に与えられた情報で、

倖子君と相思相愛だったなんて答えには、確信が持てないから……。

倖子君は自由だ。僕の所有物なんかじゃ決してない。

 人のあいだからこそ人間であるならば、そのあいだには倖子君が欠かせない。

人は他者という鏡に己を映してこそ人間となるのだろう。

僕には、僕の永遠の人、倖子君の瞳こそが最たる鏡です。

倖子君……、僕は――、

「ありがとう、愛してる」

「心也君いっつもおんなじ事ばっかり言ってつまんない」

「そうですね」

「私は心也君にはやく死んでほしい」

 倖子君? それもお決まりの文句ですよ?

そう言い返したかったけれど、舌戦でも何もかも、僕は倖子君に敵わない。

そもそもの原因は、僕が第四の壁から倖子君を遠ざけたのが悪い。

 それに……、それでこそ彼女。

それでこそ――、倖子君。

僕は今日も、まったく恐れ入ります。

チュ

間髪いれずに僕の右頬に倖子君の唇のぬくもりが与えられる。

「ん? ぇ? な……、なんで、ですか?」

「別に意味なんてねーよ」

 訳がわからない……、けれど、右頬のぬくもりがジンジンと膨れ上がり、

僕は堪らない想いが一杯で溢れそうになる。

しどろもどろに倖子君を瞳に映すと、彼女は俯いて、

「はやく死ね、バカ」

吐息のような声音を残した。

 これが彼女、僕の妻、早水倖子。

秘密が彼女のドレス。

僕は既に骨抜きです。

彼女の憎しみに満ちた愛に。



 たとえおせわになっているひとにでも、
いうべきこと、つたえるべきことは、
きちんといいましょう。

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