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『✕○!i』第36話「はじまりのとびら」

 暗闇の向こう側。

捧華が、

笑んでくれているのが伝わってきます。

伝わるほど痛く、

……辛い。

 でもな捧華。

出逢い産まれた生命が、

理不尽に他者に踏み躙られるくらいなら、

僕も鬼になれる。

左腕から左手までそつなくそろえ……、払う。

空気をゆらりと斬り裂く震えで、

捧華は瞬刻、

強張り、身構えさえ揺れる。

「……お……お父さんなんですか!? びっくりするじゃな……い……」

 そうだよ捧華、

感じられなければいけない事だ。

今目の前に居る男は、

女性に殺意を向けようとしているのだから。

「めでたしめでたし。それではおとぎ話の続きを話す。もう一度生まれる為の物語だ」

 まだ続くの?

そんな女性の疲労の吐息が聴こえる。

戦闘で相手を疲弊させるのは、

行われて然る可き行為。

「捧華、悪いがここからが実戦だ。捧華は僕の考えを知った。わかりあえるせかいを進めてゆく。人々が完全にわかりあえるなら、孤独にもなる。捧華? せかいが一冊の本だと考えてみてほしい。僕は精々文字。全能とは文字、空間、書き手と読み手、枚挙に暇がない。僕は文字をみたら意味を探してしまうが、全能は羅列で僕を流せる。負けて下さる事はあっても勝ちはない。全能との勝負は、ゲームに例えれば、将棋よりオセロに近いと僕は考えてる。なぜなら将棋には絶対的王手があるが、オセロは重要な全ての角をとられたとしても、それまでの指手によっては、勝てる可能性はまだあるんだ。最奥に行くと、生き延びられる可能性が、全能が負けて下さる可能性が、——救済がある。壁は、完璧になれない人間が相手なら、凶器にもなる。僕は今から凶器を使う。捧華も記憶と想い。それを武器に使いなさい」

話し終えて、

場は張り詰めたものになる。

……そして、

女性と相対する。

……なぁ倖子君?

僕は……今、

どんな顔してるかな?

「捧華。今からおまえに殺意を向ける」

 きっと彼女の想定にない、

僕からの言葉に、

放心し言葉を飲み込めない女性。

 僕は構わずに巡らす、

「“第四の壁”よ、“囲”給え」

彼女は自失の中、

言葉をつなごうとする……、

「お、お父さんが? あたしを殺すって……」

「なんでですか? 知ってる」

「っ、おっ、お父さんこわ……」

「怖いから止めてよ。知ってる」

「あたしっ……」

「本当に怒るよっ! 気持ち悪いよっ。知ってる」

「どうしてあたしの考えが……」

「わかるの? 読めるの? 知ってる」

「っ……」

「僕は伝えた。だから考えなさい。僕らは文字でしかない。わかりあえるとしてもわかりあえないとしても繋がれるなら。僕はおまえを模倣できる」

「……っ、だっ、だったらあたしは……」

 間を少し置き、

……とどめ。

「そう、おまえはせかいにひとりぼっちなんだ」

感じる。

女性の重く暗い失意が、

……足元が、揺れる揺らぐ、崩れる…………、

おちる……、

おちる…………、

おちてゆく………………、

僕は震えながら……閉じる。

「……“囲”完了」

………………
…………
……

 あたしはひとりぼっちだった。

あたしはひとりぼっちなんだ。

お父さんお母さんお兄ちゃんお姉ちゃん。

あの人達は、

みんなであたしを騙してた。

大事にされてると想ってた。

優しくされてると想ってた。

でも、全部あたしの勘違いだった。

だったら、こんな酷い事、できる訳ない。

悔しいっ……哀しいっ……涙が止まらない…………。

でも、だからこそ動けない……。

 仄暗い底から、

昏き子達の声がする。

あたしは身動きがとれずに、

声に耳を澄まし、共鳴する。

「やりかえしてやるっ! この気持ちをおまえらにも絶対に想い知らせてやるっ!」

「絶対にっ!!!!」

 でも、

あたしは子供で。

勝てる訳ない。

悔しいっ! 悔しいっ!!

じゃあ……じゃあっ!! おまえらはなぜあたしを生んだっ!!??

なんで優しくなんてしたっ!! あたしを育んだっ!!!!

殺すっ!

どんな手を使っても、

おまえらを、絶対に殺すっ!!

そ……そうだっ!

だからあの男は、

あたしに命を見せた。

あいつの下らない論理を利用して…………、

……えっ?

心象へ一筋の光明が走る。

 ……ぁれ?

おかしい。なにかが、おかしい。

ひとつ解るのは、あたしを殺す為だけなら、

あの人は……お……、

ぉ父……さんはなにも見せないほうがいい。

あたしにわかるのは、

今はそれだけ。

暗闇の中の遠い星。

お父さんはいつも言外に伝えてくれてた。

「君達の笑顔が、僕の道標だ」

 あたしは孤独。

だったらお父さんも孤独。

みんな孤独。

「わかりあえる」

「わかりあえない」

どちらにしても、あたしたちは、

「孤独」と「繋がれる」

世界になにもなくなっても、

世界になにもなかったとしても。

大切な人との記憶。

大切な人への想い。

それがあたしを、

きっと人を、

進ませる。

進ませ続けてきた。

 ……そう、

ここよ……。

ここしかないの……。

ここに……今……降りて、

「“フルドライヴッ”」

………………
…………
……

 ……加速!……

……加速っ!……

……加速せよっ!……

……まっしぐらにっ!……

……全速力っ!!……

……あの星の道標を見失う前にっ!!!!……

 ……先ず一番に確認しておく事……

……フルドライヴッ!?……

……お父さんが全能である可能性はっ!?……

……計測不能……

……次っ、お父さんが全能だったとして……

……あたしを閉じ込める目的の場合……

……この場所から出られるかっ!?……

……可能性0%……

……次っ……お父さんが全能であっても……

……ここから抜け出して欲しい場合……

……この場所から出られる可能性はっ!?……

……可能性100%……

……っ……ひゃくっ!?…………あっ、

……そうか当然だ……

……全能とは完璧完全を……

……唯一行使できるものなのだから……

……つまり、……

……自分で出なさい……

……お父さんはそれを望んでる……

 ……だったらっ!……

……お父さんが提示していると思われる、……

……この場所から出る為のヒントをっ!?……

……該当多数……

……最有力なものをひとつ提示お願いっ!!……

……最有力候補オセロの四つ角……

 ……よしっ……

……将棋ではなくオセロ……

……詰みではなく、……

……四つ角を奪われ、……

……壁を貼られている状態と仮定……

……その線で!……

……お父さんは全能ではないとも固定……

……それしか生き残れないなら……

……そうするしかないっ!!……

……論理構築……

……なぜ、お父さんは壁を、……

……オセロの四つ角と言ったのか……

……絶対的王手ではない……

……重要な四つ角を全てとられても、……

……指した手が救済を呼ぶっ!!!!……

 ……そして、……

……この空間は、……

……オセロ盤ですらない……

……昏い想いが……透き通ってゆく……

……人生のフィールドは、……

……一生懸命楽しむもの……

……壁は在る……

……でも無い……

……指し手は父……

……手強いが、……

……勝てる……

……勝てるに決まってる……

……記憶を辿り……

……想い出せば……

……あたしと言う命は運がいい……

……こんなに強力な武器防具、……

……記憶と想いが……

……与えられているんだ……

……みんなが笑えば、……

……当然の帰結……

……来たるあたしを囲う壁……

……激しく……、

………………
…………
……

 ……ぶつかるっっっ!!!!……

……重く厚く硬い……

……あたしの心身まで暗闇が……

……染み込んでいるみたいに侵されてる!……

……身動ぎすら難しい鉛の身体……

……瞬時っ!!……

……フルドライヴッ!?……

……このままの衝突を……

……1時間続けてあたしが囲いを突破できる可能性を出して!……

……9.8%未満……

……たはっ……

……お父さん容赦がないねっ……

……即時っ!!……

……次の可能性へっ!!……

……フルドライヴ!……

……フルドライヴを先鋭化し穿ちたいっ……

……可能しかし心身への負担が大……

……フルドライヴ終了後睡眠へと移行の可能性も大……

……ここが分水嶺!……あとの事はいいっ!!……

……では許可を願え……

……っ……

………………
…………
……

 ……あたしの魂の深淵から、……

……猛追してくる想いの閃光……

……あたしは早水 捧華だっ!!!!……

……大切な君に、捧ぐ華……

……閃く静謐と対峙拮抗……

……どうか……お承けとり下さいませ……

……そうだよ……

……そうだっ!……

……そうなんだっ!!……

……壁も限界も……



……どこにもないっ!!!!……



………………
…………
……

 あたしの、

胸中は複雑。

でも……あたしはお父さんに惹かれて、

お父さんの胸にもそもそ這い寄り、

ぽふむと身を預け、少し……伝えたくなる。

「もう座……頭はあたしに返し……てくれる?」

 お父さんは何処か泣きそうな程、

声音は震えていて、

「……ああ」と譲り受ける。

二……言目、

「お父さ……ん? 捧華……の事……愛し……ちゃってん……の?」

「…………、ああっ」

……さい……ご……、

「生き……るって大変……な……こ……と……なん……だ……ね……?」

「捧華? お疲れ様。ゆっくりおやすみ」

……でも生きるって……気持ちいい……ね♪



「フィ……ニッシュッ♡」







 フルドライヴかんぜんしょうり。
おやすみ、ぐっすりと。
そしてまったくのしんせかいへと。

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