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『✕○!i』第32話「Re:Re:」
ふたたび、僕、早水心也について、
神代学園長のご訪問から一夜明けて、
僕に、顕著に覚えられる変化はない。
記憶自体が入れ替わってしまっているのなら、
どの道僕には手の施しようがないし、
催眠とは、日々のごくありふれた場所に、いくらでも存在する。
これを不安に思う事は、未来が分からないから何もしない、
そう選択し続ける事とあまり変わらないだろう。
僕にとって不安なのは、むしろ昨日の一件を、きちんと把握している事だ……。
家族が強姦されるかもしれない事、
戦争に巻き込まれるかもしれない事、あるいは――、
何の意味もなく虐殺され尽くすかもしれない事。
その可能性を全て覚えている……。
それを知りながら、愛するものをそこからすぐさま遠ざけない僕は、
果たして人間足りえると言えるのだろうか……?
愛は許す事だと覚えている。
しかし――、
倖子君を強姦する人間を許せるか……?
コンやポップ、捧華が眼の前で殺されて、仕方ないで終わらせるつもりか……?
そう考えると…………、無理だ。
その瞬間に立ち上がれなくなるか……、復讐心で生きるか、
いずれにしろ、空虚だ……、何もかもが空虚になるだろう……。
第四の壁がなければ、僕には妻子など居ない、そう言えるが、
そう断じる事は、僕の創作活動の行き止まりだ。また生き甲斐を失い、
自暴自棄になる恐れが高い。
捧華に選択を任せた事は、現時点では間違いないと覚えられるが、
万が一、森の内部で、例えば捧華の眼の前で僕が殺されたりした場合、
捧華を、結果的にでも幸せにできる可能性はあるのだろうか……?
僕はいい。
僕が良ければ、僕が都合良く生み出した、
倖子君の面影も、僕の記憶とともに、いずれはあるべき場所へと還るだろう。
コンとポップは……、ふたりを心配するくらいなら、
僕は、僕自身をもっと省みた方が良い。
捧華だけに心配がある。
ここは――……、試してみるか……、
「“第四の壁”――」
………………
…………
……
それはやって来た。
第四の壁でつながっている僕だ。君を待った。僕は待った。
僕自身を。
「やぁ、僕に話したい事がある。僕にはそれが解るかい?」
「うん、解ってる」
「そうか、僕はどうしたら良い?」
「僕にも解らない。もう進むしかない事だけが解ってる」
「そうか……」
「人が死ぬせかいが現実か、人が死なないせかいが現実か、選んだ結果がこれだよ」
「うん……、そうだね。そうなるよね」
「僕は神になりたかった訳じゃない。倖子君が居て、僕らの子供たちが居て、そんな創作があれば良かった」
「僕は森の内部を、第四の壁で視えるかい?」
「無理だ。門番がどういうものかは理解したけれど……」
「そうか、僕も倖子君と門番をしに行くよ」
「うん、解ってる」
「そうか、後手後手だな……」
「だけど、僕にも何も解らない」
「僕は、幸せかい?」
「…………」
「おいおい、黙るのは勘弁してくれよ?」
「ん……、ぁ――……、嗚呼、いや、ちょうど昨日だった……。倖子君が一日傍に感じられない日があってね。それだけで、精神的にボロボロになってしまったんだ……」
「そうか……、そんな事があったのか……」
「僕もだけど、僕も倖子君をしっかりと大切にして欲しい。倖子君の感じられないせかいは、どんなに恵まれてても辛い」
「声音からすると、だいぶまいっているみたいだね」
「僕が生きる気力のおおもとは、僕と倖子君を創作して、コンとポップ、捧華が生まれてくれたからだ」
「僕らは2016年を境にして、二重生活を送る事にしたのは合意だろ?」
「解ってる。幸せに無頓着で、不幸にばかり過敏になる身勝手さに昨日はつい嫌気がさしてしまっただけだよ」
「僕? いいかい? 倖子君……、ううん、フクさんはもう居ないんだよ。僕を見てみろ? フクさんに傍に居てもらえる努力をし続けたかい? それに万が一傍に居てくれたとしたって、僕はそれを一生感謝し続け、フクさんに笑顔でい続けてもらえるように尽くせるかい? 一生を捧げるというのは生半可な覚悟じゃ無理だよ。今の君の生活が、あらゆる事の現実なんだ。悪い意味じゃない、諦めろよ」
「…………、もう創作にしか、生き甲斐がないんだ」
「それで僕らを虐殺して、僕は何が楽しいんだ?」
「解らない……」
「そう、それが僕も解らないから、第四の壁で聞きに来たんだろ?」
「自分自身との会話なんて袋小路でしかないかもしれないが、文字にしておく事には、何かしら意味があると思う。また、話しに来てくれるかい?」
「お互い様だよ。少し楽になった」
「倖子君はどうするんだ?」
「今まで通りさ。僕には倖子君以上の存在はいないからね。見方によれば、犯罪性すらおびかねない、ストーカーくずれの恋文を続ける」
「そうだね」
「僕が諦めたら、僕も諦める。本当の意味で倖子君を失うって事は――」
「倖子君を忘れてしまう事、だろ」
「さすが僕。往生際が悪い」
「ははは……、解ってるよ。解ってる」
「また来るよ」
「嗚呼、お互い後悔のないようにできるといいね」
そこで、僕は僕と別れ、分かれ、岐れた。
結論は出ないままだったけれど、気分転換くらいにはなった。
それが――、僕に関しての事。
そして、あそこは――、
僕だけしかいない町。だけど、
出会ったみんなに恵まれた、僕の生きる大切な町。
なにしてんだろう。
しょうさいはわからないけれど、
そのしつもんが、いきるってことさ。
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