『OD!i』第59話「独裁の両眼③」

「俺は今もまだ暗闇の中を歩いているが、ここの日々の生活の中で謙虚を学べている。学園(ここ)に来ちまうとな。幼い頃はいつもなんでも一等賞が俺の日常だった。そんな幼少の頃に出逢ったんだ。常世 祷ちゃんに。当時の彼女は引っ込み思案な子で、俺が彼女をからかう奴らから、よくかばってた」

 恵喜烏帽子氏はここで会話を一旦切り、

ひたむきさを込めて、

「俺は……あの頃からずっと、祷ちゃんが大好きだったから」

あたしは凛とした声音の震えを覚える。

「今住んでいる祷ちゃんの家は実家じゃないんだ。俺の所為で引っ越していっちまったから。祷ちゃんのある能力が芽生えてから、十ヶ月してからの引っ越しだった」

 恵喜烏帽子氏からは次からの言葉に対する、

入念な思惟が感じ取れる。

「わかりやすい言葉で表現するなら、祷ちゃんには千里眼に似た類の能力がある。だが、千里眼よりタチが悪ぃ。幼い頃は笑い話で済ませられる程度の範囲だったんだが、芽生えた時から見知った人間の様々な情報や映像が、絶え間なく幼い祷ちゃんの脳内や心身を蝕み始めてはいたんだろうな。共に年月を重ねていく内に頭の悪い俺でさえ、その苦しみが途方も無く広がり続けている事に気付き、なんとか、救い出してやりたかった。だから俺は言ってやったんだ。祷ちゃんに降り掛かる火の粉は、俺の“独裁の両眼”で、全部消してやるって」

 恵喜烏帽子氏の祷への捧げる気持ちが切なく、

いつからか渇きを訴える喉に、コーヒーを含んだ。

「しかし今振り返れば、俺も祷ちゃんも思春期に例外なく翻弄される、無知蒙昧な子供でしかなかった。ある異能に芽生えた中学生の祷ちゃんを最も傷つけたのは、たまたまうちの中学が、下衆の集まりだっただけかも知れないが、幼稚でガキな中坊と、自分達の未来を創ってくれるはずの、大人達の陰の部分、美しく成長していく、祷ちゃんへの一方的な劣情の陰惨という激しい嵐だった」

 いつかのお母さんの保健の授業を思い出します。

「捧華? これだけはよく覚えておいて、十代二十代の大半の男子は、まず間違いなくただの下衆だ、くらいに割り切る部分は常に頭の片隅に置いておけ。結婚は早まるな。もしくはするな。男は三十を越えてから、ようやく動物から人間と呼べる。例外はいくらでもあるけどね」

 あたしには強烈な母の、

男性に対する偏見ではないのかしらとさえ、

当時は思いましたが、

おそらくは動物の本能を、

表に出さずとも、抱えてしまう事が、

恵喜烏帽子氏の仰る。

祷を苦しめた劣情というものなのでしょう。

「しばらくして祷ちゃんは完全に不登校になった。能力を開示してもらっても、体験ができない俺には、安易に同情もできなかった。このままだと祷ちゃんはダメになる。そこで俺が無い頭使って考えついたのが、」

その先の言葉には、

普段恵喜烏帽子氏が隠していらっしゃる、

獰猛さが込められていた。

「祷ちゃんの住みよい世界を作り出すための、『害虫駆除(エクスターミネート)』だ」

………………
…………
……

「祷ちゃんに何度も手紙を書いて、俺の“独裁の両眼”と、祷ちゃんの“映鏡”という能力を合わせれば、世界はもっと綺麗にできると訴えた。祷ちゃんには辛いだろうが、祷ちゃんのヴィジョンを苦しめる対象を特定できれば、俺の“独裁の両眼”で、「女性を大切にしてくれ」と命じれば、世界は変わっていくと思うと伝えたら、やっと、祷ちゃんを絶望の中から、一時的に動かす事ができた」

 しかし、と恵喜烏帽子氏の暗い声音が、

先の結果を決定づけた様にさえ聴こえてしまいました。

「結果的には、祷ちゃんをさらに昏くさせちまった。最初は、事はうまく運んでいたが、何人何十人何百人と劣情という害虫駆除をしていく中で、俺達自身が深淵を覗き込み過ぎて、気付いたらもう喰われていた。俺が善行だと思っていた事は、その筋の人間に見張られる事になった」

 その筋と曖昧にしてくれてるけれど、

それはあたしへの配慮だと思った。

あたしを危険に曝さない為の。

推測に過ぎませんが、おそらくは暴力団関係者と呼ばれる人達。

「結局思春期の馬鹿な俺が思い知らされた事は、警察がたまたま善を担い、それに対峙する存在も、たまたま悪を担っているだけだった。同じコインの表と裏だ。俺は自身の能力にその頃は驕りが強くあったから、俺だけならなんとかなるとは思っていたが、傍には祷ちゃんが居る。愚かな思春期のゲームオーバーだ。実行は俺が単独で行っていたし、眼を付けていると脅迫を受けたのは、俺の“独裁の両眼”についてだけだった。その筋の人間からの脅迫の後、俺は祷ちゃんに接触する事もしなくなった。早水にもこの思い、伝わるかな?」

お父さんとの電話で、生き残る、

生きていく覚悟を深めたあたしは、

その問いに、確かに頷けた。

「だから俺はもう単独で害虫駆除を行う事しかできなくなり、いつの間にか、その界隈では『絶滅者(エクスターミネータ)』。そう呼ばれる存在になっちまってた。その筋の人間との切った張ったも時にはあった。……俺の始まりは、誰かにとって大切な女性を、野郎どもに後悔させない為に、女性を大切にしてくれと命じ、願っているだけなんだがな……」


「それで祷との繋がりはどうなってしまったんですか?」


「しばらくの間は電話や手紙が届いた。それでも最後の言葉は、今も耳と心の奥に深く刻まれている。…………『御門も結局わらわを裏切るのじゃな』と……」

 それが義務教育を知らない。

あたしへの、ふたりが最も多感な頃の、

凄惨にして無残な中学時代の思い出話だったのです。

………………
…………
……

 それを乗り越えてからは、

恵喜烏帽子氏は普段通りにお喋りしてくれました。

あたしもようやく気兼ねなく、耳をジャズに傾けられます。


 その中で、


「……でな? 祷ちゃんには弟がいるんだよ。常世 臨(とこよの のぞみ)ってー、可愛いいやつなんだがな? 今は解るが初日の授業で、早水柔道着来て出席したろ、あの黄帯はきっと臨のもので、本質的には、祷ちゃんではなく、おそらくは臨の能力に踊らされたものだぞ。どんな能力かの開示は、さすがにできねぇがな」

ほうほう……姉弟揃って人を舐めくさって、

非常に愛い奴らじゃ……♥

「それにしても、祷ちゃんは変わった。何が原因かは分からねぇが。ずっと、強くなった。穏やかになった。寛容になった。俺は学園で初めて祷ちゃんに話しかけた時、無視されてもしょうがねぇって覚悟してた。許された訳ではなくても反応を返してもらえただけの事が、これ程有難く感じた時はなかったぜ」


「あ……あの?」


 これは今日の会話で重要なので、

尋ねない訳にはいきません。


「うん。なんだ早水?」


「つまりは恵喜烏帽子氏は、あたしに対しては、祷にどう接してほしいのでしょう?」

 嗚呼……と、

恵喜烏帽子氏の声音は、

何かをしみじみ噛み締めていて、

あたしの身体の一部に視線が込められている。

あたしの大切なロンTに視線は注がれている。


「早水の事は、俺は親しみやすいヤツだと思ってる。俺が一生祷ちゃんから許してもらえなくても、俺の大好きな女性の傍には、彼女が信頼できる人間がいてほしい。だからこそ、俺の大好きな祷ちゃんに、そのイカしたロンTの言葉通りに接してくれるなら、この俺、恵喜烏帽子 御門も、おまえに、早水 捧華に対しても、それを尽くすと約束する」

 今までの恵喜烏帽子氏の言葉の中で、

最も一途な想いが、

あたしの衣服の真ん中を貫いたかの様でした。

今日の、

友だちという存在の、

深い縁と業が、

あたしの背筋を正す、

貴重な宝物という一日に、

恵まれたので御座居ます。


 おまえのロンティーにすくわれた。
やくそくはまもるもの。
ひかりのなかをひとりであるくよりくらやみをともとあるきたい。

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