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『OD!i』第47話~マラニック5km地点~「世界の始まり」

 ふっ ふっ はっ はっ

ふっ ふっ はっ はっ

 あたしは早朝に続けているジョギングから、

ランニングとまではゆかない速さで、

世陽緑地を目指しています。

 目的地までの選ばれたコースは、

芝生や土のところが、

菜楽町よりずっと多い。

 雁野先生が仰るには、

「コンクリートは足を痛めやすいからできるだけ避けとけ」

だそうです。

確かにあたしの様な素人でさえ、

その差は感じられる。

 もう先頭は見えませんが、

おそらくは、

神守森氏、恵喜烏帽子氏あたりでしょう。

 あたしの隣には祷、

そして……、

あたし達の後方に、清夜花さんです。

 流天氏といらっしゃらないところは、

初めて見た気がします。

それどころか、

今の清夜花さんは、

呼吸を明らかに乱し、汗をかかれ、

 えぇと……、

そう、

「らしくない」ご様子。

 まるで、

あたし達ふたりに、

引き離されまいとしている様にも見えます。

あたしを避けていると思っていたはずの、

清夜花さんが何故ここまでして?

………………
…………
……

 ふぅっ ふぅっ はぁっ はぁっ

ふぅっ ふぅっ はぁっ はぁっ

 あたくしの運動神経は、

生まれて来てからを相対的に思い出しても、

悪くはありません。

 むしろ、

突出し杭を打たれてきた者です。

 あたくしの気を引き利用しようとする者。

あたくしに嫌がらせを行う者。

 あたくしには、

ずっと、

それらは、

邪魔者(ノイズ)でしかありませんでした。

 しかし、

周りを見回してみても、

多かれ少なかれ、

そういった想いは誰しもが抱えているのでしょう。

 在る場所から在る場所へ、

ただ移動するだけにしても、

世界を肯定するなら、

権利とやらの軋轢が生ずる。

 おそらくは、

初めは誰のものでもなかったものに、

居座る場所を取る者達が増えてゆく。

光と影。

戦争と平和。

それが命と言ってしまえば、それまでですが……。

 あたくしが鳥達と居るのは、

あたくし自身が「空」を知る為、

まずは世界というものの全否定から、

始まったのです。

 なにもない

なにものもない

まったき空。

 いつからかはわかりかねますが、

あたくしは確実に、

他者から受ける意識から、

どんどんと解放されてゆく様に感じ始め、

「空」になってゆきました。

ここにはなにもないのだと。

 戦争もスポーツもゲームも、

平和も友だちも馴れ合いも、

 明らかにしてしまえば、

求めるから奪い、

愛するが故に与える。

事象は遥か彼方から廻っている。

 あたくしが在る、

その前から、

全宇宙が生まれる、

その前から、

喜んでいい怒っていい哀しんでいい楽しんでいい、

のです。

執着しなくていい。

自由でいていい。

 全ては、

理不尽に思える感情を、

完璧な世界の中に在る、

不完全なあたくしがうまく咀嚼できずに起こる、

縁なのですから。

川瀬先生に与えられた褒美で、

あたくしの内面は顕著に変化しました。

そこからの覚醒したものは、

「空」だと思っていたあたくしの過剰な自意識。

「あたくしは偉い」

 なんと愚かで小さな感情でしょう。

学園に居てつくづく思う。

それをあたくしに発火させた、

捧華(ノイズ)にすら、

前を走らせるあたくしが、

自身を何者だと思っていたのでしょう。

 捧華さんと相対し、

流天さんと過ごし。


分かった事があります。


あたくしの「空」は、

世界への「全否定(にくしみ)」だけだったのだと。


………………
…………
……

 あたくしは捧華さんに対するこだわりを、

一旦置き、足を止めた。

景色を眺める余裕を取り戻したのです。

 深呼吸をする為、

上方の自然に目をやると、

小楢(こなら)の群れが、

緑色の「勇気」を咲かせています。

平和に飽きて戦争を起こす。

戦争が怖くて平和を保つ。

 あたくしに足りなかったもの、

「空」というものへの「全肯定(いつくしみ)」。



………………
…………
……

 今を生きる青空を見て、

あたくしは笑えました。

 勇気を持って、


今諦めましょう。


あたくし程度はどこにでもいる。


 捧華さんの背中を、

清々しく見送りながら、

心新たに、

「早水 捧華さん、ありがとう」と呟く。

それがあたくしの、

悔しい程澄み切った、

「全肯定」と「全否定」の、

清かな不即不離(なかなおり)。


 しろ、くろ、きいろ?
あなたはいきてる?
せかいはとっくにはじまっている。

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