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こゆびの花冠|#春ピリカ応募

「こゆび!」
レモンイエローのヒールをリズミカルに鳴らして駆けてくる友人に眉をひそめる。
「もう! やめてよ、その呼び方」
「ごめんごめん、こゆみ」

 母が昔から私を『こゆびちゃん』と呼ぶせいだ。生まれた時から小柄な私に本気で『こゆび』と名付けようとした母を止めてくれた父には感謝しかない。小さくて自由に動かない指。私はその呼び名が嫌いだ。

 コーヒーを飲む私の前でクリームソーダをつついているのは小学校からの幼馴染、千波。大学進学で街を離れた私が就職で戻ってきたため、久しぶりに会おうという話になったのだった。
「就職先はどうよ」
「うーん……まだサポートばっかりで。これが私のやりたいことだったのかなぁ、ってちょっと考えちゃう」
「そっかあ。まあ、職場によるよね。ウチはわりと任せてくれるよ。緊張はするけどね。やりがいはあるかな」
昔から器用で要領がいい彼女らしい。不器用な私と違って。私が小指なら彼女は人差し指だ。自由に器用に動く指。
「そういえばお母さんの個展行った? 手芸作家なんて素敵だよね」
「個展?」
「行ってあげなよ。ほら」
渡されたDMには布で作られたシロツメクサの花冠。一度も上手に作れたことがない、花冠。母はなんでも器用に作り出す。

 千波と別れた後、バッグの中のDMを取り出す。この近く、か。いまだに私を『こゆびちゃん』と呼ぶ母にあまり会いたくない。でも。たまには親孝行もするべきか、そう思い直してギャラリーに足を向ける。夕方の空はまだ明るい。行き交う人たちの服装は淡く軽やかなのに、少し蒸した空気は気怠くて春の終わりを感じさせる。

 街から少し外れたところにそのギャラリーはあった。ガラスの向こうに母がいないことにホッとして扉を開ける。中はあちらこちらに布で作られた野花が飾られていて、昔よく行った公園のようだ。右奥の壁に花冠がある。よく見ると、それは不恰好で花の間隔もバラバラ。今にも壊れてしまいそうなその作品のタイトルは『こゆび』。
「その作品、いいですよね」
突然の声にハッとして振り向くと、白いワンピースの女性が後ろに立っていた。
「娘さんが幼いときに作った花冠をモチーフにしているそうです」
「なんだか不恰好ですけど……」
「一生懸命さが伝わってきて、すごく魅力があるって、私は思います」
「そう……ですかね」
野原の匂いが鼻の奥に蘇る。
「タイトルの『こゆび』は娘さんの愛称だそうです。小指ってすごくタフな指で、小指がないと物が掴めないらしいですよ。不思議ですよね。小さな指がそんな重要な役割を担ってるなんて」
右手の小指がじんわり熱くなる。花冠がうまくできないと泣いて怒る私に「手を使う時はね、小指が大事なの」と母は言った。そう、言っていた。

「この子も私の『こゆび』です」
白いワンピースに包まれた大きなお腹を優しく撫でる手が母の手と重なる。

 その手から目を逸らして花冠に向き直った私は多分、泣いていたーー。


(1200字)


ピリカさんの
春ピリカグランプリ2023』応募作品です。
出せてよかった〜。
いや……ちゃんと合ってるのか少し不安……


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