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叶わなくたって、叶えるつもりが無くたって、「夢」は「夢」だと思う。

「もしも、もしもさ、ひとつだけ夢が叶えられるとしたら、なんにでもなれるとしたら、何になりたい?」

春の海岸線をミモザ色の車に揺られながら、助手席のわたしはハンドルをにぎるNちゃんに尋ねた。

なんで突然そんなことを聞いたのか、自分でもよくわからない。

びっくりするほど爽やかな空色に映える薄いピンク色の桜に浮かれてか。はたまた、髪を揺らす風があまりにも心地よかったからか。
わたしの心はとても穏やかで、ふと、そんなことを尋ねてみたくなったのだ。

Nちゃんは、この春卒業した大学の、同じ研究室の仲間である。建築を学ぶ彼女と、アートを学ぶわたし。たった2人きりのゼミ生で、お互いの研究分野は未知のことも多かった。

けれど、いや、だからこそかもしれない。
相手にも、互いの研究にも真剣に向き合って、支えあって、時にはお互いを甘やかして。1年間、濃い時間をいっしょに過ごしてきたと思う。
この1年で、Nちゃんのことはなんでも知っている。わたしは勝手にそんな気持ちになっていた。

突拍子もないわたしの問いに、彼女はすこしの間考えていた。

そして、「宇宙関係の仕事かな」と、さらりと答えた。

「え、宇宙??」
わたしは思わず聞き返してしまった。
Nちゃんの答えがわたしにとって予想外なものだったからだ。(てっきりデザイン系だと勝手に思い込んでいた)

彼女が星のモチーフが好きだと言っていたこと、月の話で盛り上がったことはもちろん覚えている。
でも、あの時のNちゃんの「好き」は、もしかしたら私が想像していた以上のものだったのかもしれない。
2人で同じ月を見ていても、彼女の目に映る景色はもしかすると違うものだったのかもしれない。

そんなことを考えたら、今まで勝手に彼女のことを知ったような気持ちになっていた自分が恥ずかしくなった。
でも、それ以上に、今まで知らなかった「宇宙の夢」について話してくれる彼女の姿が本当に素敵だと思った。

「宇宙の夢」についてお話してくれたあとで、彼女はわたしに尋ねた。

「ちーちゃんは何になりたい?」

あ、こまった。全然考えてなかったぞ。自分で話し始めておきながら答えが無いなんて…、と一瞬あわてた。けれど、すぐに、わたしの中でピン!とアンテナが立った音がした(気がした)。

「うーーん、ミュージカル女優かなあ」

頭で思うが先か、言うが先か、「ミュージカル女優」という単語が音になって自分の耳に届いてから、私は、少し驚いていた。

あぁ、そうか。わたし、そんな夢があったのか。なんだ、気づいてなかったよ、と。


そういえば、幼稚園の頃の夢は「魔女になって空を飛ぶこと」だった。

四角いテレビに映る、メリーポピンズと「魔女の宅急便」のキキ。
おしゃれで可愛い2人の魔女は、レトロな傘とデッキブラシで、すいすい空を飛んでゆく。
その姿は幼い私にとって、いちばん「素敵」で、なにより「自由」に見えたのだ。

でも、いつからだろう。
気づけば、「夢はなにか」と聞かれて「職業」を答えるようになっていた。
そして、大人になればなるほど、その答えは、できるだけ自分が「叶えられそうなもの」で、なおかつ「現実的」なものばかりになっていたと思う。

小さな頃はなんのためらいもなく言葉にできた「夢」を、いつの頃からか自分の能力や学歴や経験、他者からの評価で、無意識のうちにぐるぐる 巻きにしてしまっていたのかもしれない。

Nちゃんに「もしも」の夢を語りながら、舞台で歌い、踊る「もしも」のわたしを想像しながら、ふと、そんなことを思っていた。


「〇〇がしたい」「〇〇になりたい」。
そんな気持ちは、何気なく過ぎてしまう1日に、ぼんやりしがちな私自身に、「ときめき」というスパイスを与えてくれる。
「もしも」の自分を思い浮かべるだけで、思わず「ふふふ」と心が躍る。その一瞬が楽しくなる。

だったら、たとえ現実的に叶えられるものじゃなくたって、なんなら叶えるつもりすら無くたって、胸をはって、思いっきり「もしも」を、「夢」を、抱きつづけることはきっと意味があるんだと思う。

これから先、わたしに魔女の才能はおそらく芽生えないだろうし、ミュージカルの舞台に上がることもないだろう。相手によっては、「ばかみたい」と笑われてしまうこともあるかもしれない。
それでも、わたしは、「空飛ぶ魔女」も、「ミュージカル女優」も、れっきとした「わたしの夢」だと言いたいと思う。

だって、自分の「夢」くらい好きに言わせてもらえなきゃ困る。
それになにより、そうやって、いつまでも「夢」を見続けている瞬間が、なんだかんだ1番私らしくて好きだと思ってしまうんだから。

「ミュージカルか、いいねえ」

変わらず爽やかな風の中、Nちゃんとわたしを乗せたミモザ色の車は、淡い緑色の木立を抜けていった。

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