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鳩のドーリー

木蓮の白い花が空に揺れる薄暮の公園を歩いていたら
鳩のドーリーに話しかけられた。
なぜ鳩の話す言葉が分かったのか分からない。たぶんどの鳩もそうであるように鳩的に、ぽうぽう、とか、ぐっぐっとか、そんな風に鳴いていただけのはずだ。
名前だってどうして分かったのか分からない。
でも、ああこの鳩はドーリーだと分かったのだ。

「ここに何が書いてあるか教えてほしいの」とドーリーは私に近づいてきて言った。
ドーリーは文字が読めないので立て看板が気になっているようだ。
そこに何か言葉が書かれているということは分かるようだったし、それが何か自分に関係があるのだということにも感づいていた。
その立て看板には「鳩にエサをあげるな!」と書いてあった。
言いにくかったが仕方ないので私は正直に「鳩にエサをあげるなと書いてある」と答えた。そこでふと思った。
ドーリーは自分が「鳩」であることや「エサ」という言葉を知っているだろうか?
「鳩はあなたたちのことで、エサっていうのは食べるもののことよ」
追加でそう説明したが、食べるという言葉はわかるだろうか?私はとても混乱してきた。目の前の看板の文字を見ながら、ゲシュタルト崩壊しそうになっていた。そもそも鳩と会話していることがおかしい。
ドーリーは鼻をくぅと鳴らして「そんなことは分かるわ」と怒った様子で言った。
「じゃあこっちは?」
そこには「猫にエサをあげるな!」と書かれていた。
「ええと、それは猫にエサをあげるなと書いてある」
私はそう答えた後また「猫って分かる?」とたずねてドーリーはまた鼻を鳴らして首の向きを変えた。その先には黒猫とサビ猫にエサをやっているおばあさんがいた。
「あの人はわたしと同じでこれが読めないの?」
ドーリーに聞かれて私はなんと答えるか困ってしまった。
「それにどうして私たちや猫たちにエサをあげてはいけないの?人間はみんなよろこんでエサをくれるじゃない」
私はますます困ってしまった。私一人でドーリーにうまく答えるのは無理な気がしてきた。
「ええと、鳩や猫のフンでみんな困っているからだと思う」
フンって分かる?と聞くのはやめておいた。
しかし案の定ドーリーは鼻を鳴らし
「あなたたちはフンをしないの?あの小さな雀にはエサをやってもいいの?池の中に浮いている鴨たちはエサをもらってもいいの?」
と次々に質問を飛ばしてきた。これこそ”矢継ぎ早”というやつだ、と私は役にたたないことを思った。
「それは…」
困っていると猫にエサをやっていたおばあさんが立ち上がり近づいてきた。
「あんた、ドーリーの相手はもういいよ。きりがないからね」
そういっておばあさんは腕に下げた布バッグの中から細いパンの耳を一つかみ取り出して、ドーリーのほうへ投げてやった。
ドーリーはパンの耳のほうへ行ってしまった。
私はおばあさんに頭をさげて急いでその場を立ち去った。
次の日の同じ時間に同じ場所を通ると、男子中学生がドーリーにつかまっていた。きっとまた近くで猫にエサをやっているおばあさんが助けてくれるだろう。

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