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短編”私と蝶々と白いワンピース”【青ブラ文学部】

母に連れられて親戚のうちに行くと、年上のイトコが真っ白い素敵なワンピースを着て、ピアノのレッスンに行くところだった。
「ゆっくりしてってね」
大人みたいな挨拶をするとイトコは、ワンピースの裾を揺らして茶色のサンダルを履くと行ってしまった。
私はにこりともせず、少しうなづくだけでイトコを見送ったけれど、心の中では(あんなワンピースを着てみたい!お下がりでうちに回ってきますように)と激しく祈っていた。今、自分が着ている服と言ったら!車の絵のTシャツに半ズボン。兄のお下がりだ。
午後の陽がレースのカーテンから優しく差し込む上品な応接間で、母と叔母が話している間、私は居心地悪くソファでもぞもぞしていた。テーブルの上の個包装されたおいしそうなクッキーを一つ、こっそりズボンのポケットに滑り込ませたら、叔母はしっかりそれを見ていて、「あら、もう一つ持っていきなさい」と器の上のクッキーを三つ、手渡してくれたので私は真っ赤になり、母も真っ赤になって私を叱った。

そんな日のことを私はずっと覚えていた。
白いワンピースのことをずっと考えていた。
その夢のような夏の日も、居間に寝転んで窓辺の風鈴を眺めながら、白いワンピースのことを思いうかべていた。
「お届け物でーす」
宅配業者の明るい声とともにそのワンピースが入った箱が家に届いた。

でも、嬉しさにドキドキしてそのワンピースを着て鏡を見てみたら、すらっとして柔らかい髪を肩まで伸ばしたイトコと違い、黒い硬い髪を短いおかっぱにした丸顔の私にはその白いワンピースは全く似合っていなかった。
私は落胆したが、それを顔に出さないようにした。そもそも嬉しそうな顔も母に見せなかったけれど。
「そのままピアノの練習に行くよね?」と母が言うので、うなずいて、私は家を出た。ピアノはあのイトコを見た日の後、母に必死で頼み込んで習いに行けることになった。でもうちにはピアノがなかったので、私はちゃんとした曲は何も弾けるようにならなかった。

似合わないワンピースが恥ずかしくて、誰にも合わないように私は裏道に入った。ピアノ教室に行く勇気もなかったので、裏道をどんどん、ピアノ教室から離れる方向へ進んで行った。
やがて広い道路に出た。私は何かから逃げるように焦っていたので、左右の確認が不十分なまま横断歩道に飛び出した。
ドン!
車にはねられてしまった。

薄黄色の蝶々が私にたずねる。
「ねえ、その真っ白なワンピースを私にちょうだい。
助けてあげるから」
痛くて動けない私は黙って涙をこぼしながらうなずいた。
「じゃあもらうわよ」
蝶々はそういうと、あっという間に真っ白な蝶になった。
私は自分がどんな格好になったか見ようとしたが意識が真っ暗な中に沈んでしまった。

気がつくと私は家の居間で横になっていた。
窓辺で風鈴がちりん、と鳴った。
「お届け物でーす」
宅配業者の声がする。
「はーい」
母が玄関を開けて受け取っている。
私は耳を澄ましてじっとしている。
じっとしながら、自分の手や足を動かしてみる。
どこも痛くないし怪我もしていない。どうなっているのだろう?
母が私を呼びながら居間に入ってくる。
私はゆっくりと身体を起こす。
「ほら、ワンピース。今届いたの、叔母さんから」
母は薄黄色のワンピースを広げて見せる。
「お下がりじゃないのよ。あんたに似合いそうなワンピースを買ってくれたんだって」
私はそのワンピースを受け取ると、鏡の前に進む。
身体に当てて鏡をみる。
すとんとしたシンプルで裾の短い薄黄色のそのワンピースは、ふわふわした白いワンピースより私に似合っていた。
また風鈴が鳴る。
見ると、風鈴の向こうに白い蝶々が飛んで行くのが見えた。

(了)

山根あきらさんの企画に参加します。
山根さん、よろしくお願いします。
ミステリーじゃなくてすみません(;´・ω・)



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