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幸福な人形

今日はあやのちゃんの誕生日。友達はみんなお誕生会に行っている。
わたしはみんなみたいにお誕生会に着ていく可愛い服がないし、素敵なプレゼントを買うお小遣いもない。あやのちゃんが大好きなのに。
あやのちゃんは、プレゼントなんていらないよ、来てくれればうれしいよと言ってくれたのに、わたしは結局行く勇気がなくて一人で雨が降ったりやんだりした後のじめじめした公園を通り抜けていた。
水たまりに人形が落ちていた。かわいい顔をして、かわいいドレスを着ている。でもドレスに泥水がしみて顔も泥にまみれている。金髪の髪もくちゃくちゃになっている。その青い目がわたしをじっと見る。
(私を拾って)
わたしはその人形を拾いあげた。いそいで家に帰り、人形を洗った。
お風呂場で顔や体をていねいにボディソープで洗い、髪はシャンプーで洗い、服はぬがせて洗剤で洗い、タオルで水気をふき取り、髪と一緒にドライヤーで急いで乾かした。
(ありがとう)
人形はとてもかわいらしく美しくなり、わたしは嬉しくなった。
(お礼に)
と人形が言った。しゃべってはいないけれど、聞こえた。聞こえたのだ。
(私のドレスを切っていいわよ。それで小鳥のかたちのブローチを作ってあやのちゃんにプレゼントするの。それは彼女に幸せをもたらすわ)
まさか!あなたのドレスを切ったりできない。わたしは首を振ったが人形はどうしてもそうしろという。たしかに人形のドレスは素敵な空色の布で出来ていた。わたしはハンドメイドが得意だ。そうだ、あやのちゃんには自分でプレゼントを手作りすればよかったのだ。
わたしはこわごわ人形のドレスにハサミを入れた。
できた小鳥のブローチはとても素敵だった。小鳥の目には、ドレスにちりばめられていた小さな乳白色のビーズをつけた。
(それは本物のベビーパール、真珠よ)
ドレスを切られて足があらわになった人形は得意そうにそういった。そういわれれば確かにツヤが美しい。
「ありがとう。ごめんなさい」
わたしは急いでその小鳥のブローチを小さな袋に入れるとあやのちゃんのうちに届けに行った。あがるように言われたのを断ってプレゼントだけあやのちゃんに手渡し、これは幸運の小鳥だよ、と言い添えた。

あやのちゃんにはあきらかに幸運が続いた。
難関中学に合格し、片思いだった男の子に告白され、作文や絵が校外のコンクールで入賞し、お父さんやお母さんの仕事がとてもうまくいき、飼いたかったかわいらしい子犬を飼い始めた。
公園で、その犬を散歩させているあやのちゃんは胸に小鳥のブローチを付けていた。
「ありがとう。このブローチは本物だった。良いことばかり起こった」
わたしはお礼の言葉がうれしくてほほえもうと思ったがうまくいかなかった。自分が大好きなあやのちゃんの幸運をねたんでいることに初めて気がついた。
あやのちゃんの連れた子犬がわたしを警戒してにらんでいる。
わたしは犬を怖がるふりをして急いで走り去った。
「お願い!わたしの分も、ドレスを切らせて!ブローチ作らせて!」
わたしは家に帰るとすぐに自分の部屋にたいせつにおいてあるあの人形にさけんだ。
人形はしずかにほほえんだ。
(そうなさい。でも)
人形が言いかけた続きを聞かずにわたしは人形のドレスにハサミを入れた。ベビーパールも引きちぎるようにした。そして夕暮れまでに、あやのちゃんにあげたのと同じ空色の小鳥のブローチを作り上げた。

わたしも小鳥のブローチを手に入れてから良いことばかり起こった。
お母さんはやさしくてお金持ちの男の人と再婚し、広くておしゃれな家に引っ越した。今までと違って好きな習い事もさせてもらい、友だちの誕生会に着ていく可愛い服や、学校へ着ていくおしゃれな服をたくさん買ってもらった。お小遣いもいっぱいもらえる。
お母さんはやさしくなって食事はおいしく、庭に花が咲き、近所の人もわたしにほほえみかけ、わたしもほほえんであいさつする。学校の先生も今までよりやさしく感じるし、勉強もよく分かるようになった。
ああなんて幸せなんだろう。
わたしは素敵な薔薇色のワンピースを着た自分を鏡に映しながらしみじみと思った。そしてはっとした。
あの人形はどこに…引っ越すときに持ってきただろうか…
自分のブローチを作ったらすぐ彼女にあたらしいドレスをぬってあげようと思っていたのに何故わすれてしまったのだろう。ちゃんとお礼をいっただろうか。全然おぼえていない。
わたしは家じゅうをさがしたが人形はなかった。わたしは家を飛び出して公園へ向かった。
公園のすみの泥の中に人形は落ちていた。
破れたドレスのまま。でも瞳は美しいまま。
「ごめんなさい」
わたしはいそいで人形を抱きあげて家にかけもどり、いつかと同じように人形を丁寧に洗った。そして自分が持っている中で一番好きな、今着ている薔薇色のワンピースにはさみを入れ、人形のドレスを作った。
同じ布でリボンも作った。
「ほんとうにごめんなさい。ありがとう」
薔薇色のドレスを着た人形はにっこりした。
(聞かなかったのによく分かったわね)
「何を?」
(私のドレスを切って自分用のブローチを作っても良いけれどその代わり、自分の一番大切なドレスを切って私にドレスを作ってくれること。
そうしないと)
「そうしないと?どうなるの?」
人形はまたほほえんだ。
(私の心が壊れるの)


(了)

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