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梅の花と手品【梅の花・続編】

梅の花を見ようと夕暮れの公園を一人で歩きに行ったとき、年老いた手品師と出会った。あるいは夕暮れゆえ、古い梅の木を人と見間違えたのかもしれない。
とにかく私は一本の、梅の枝を受け取った。
見たことのないほどの美しさを放つ紅梅と白梅が、一輪ずつ咲いている枝だった。
それを家に持ち帰った私はすぐに水に差し、寝室のサイドテーブルに置いた。部屋は梅の香りで満たされた。
その香りの中で眠った私は夢を見た。一晩中いくつもの夢を見て、翌朝目覚めた時は不思議な心持ちだった。はっきりした夢を見ていたのにほとんど思い出せなかった。
ただ一つ覚えているのは亡き父が出てきた夢だった。
夢だがそれは、現実にあった遠い日の思い出だった。
父が私の前で得意そうに手品を披露している。父は不器用で、趣味で愛好している手品もいつも下手だった。私は大人に対してとても良い子に振る舞う子供時代を過ごしたので、父のタネがバレバレな手品も興味深そうな顔で見ては驚いたふりをして拍手をするのが常だった。
父は私の良い子の振りに気付かず、いつも得意そうにしていた。
私はそんな父をいつも冷めた目でみていたがある時だけは、父の手から出現したものに心が釘付けとなり、父の差し出すそれをどきどきしながら夢中で受け取った。それはまるでルビーのような深い赤い光を湛えたガラス玉を花型にはめ込んである美しい小さなブローチだった。
そんな美しい物を持ったことがなかった。
「もらっていいの?」私がおずおずと手に取ると父は頷いた。
その日は私の誕生日だった。二月だったのでそのブローチは梅の花に見えた。庭にちょうど紅梅が咲いていた。
「お父さん、ありがとう」
そこで目が覚めた。
あの日、父にありがとうと言えただろうか。覚えていない。嬉しさのあまり声も出なかったかもしれない。
私はベッドから出ても夢の中を漂いながら寝間着の上にカーディガンを羽織り、そのブローチを探した。アクセサリーを入れている引き出しの奥に、それは黄ばんだ薄紙に包まれ小箱に入れてしまってあった。

何かしなくてはという焦燥感が体のどこかでピリピリする。ブローチを手に乗せていると、なぜだろう、昔の夢、やってみたかったことがじわりじわりと思い出されてきた。
まだ部屋は梅の香で満たされている。しかし活けた梅の枝に花はない。落ちた花は見当たらず、枝と香りだけが残っていた。
ふいに私はその枝を挿し木してみようと思いついた。
朝食後にパソコンを開き、方法を検索してみた。二月に試せそうな方法は、湿らせた水苔で切り口を包んでビニール袋に入れて冷蔵庫に保管し、三月中旬になってから挿し木をするというものだった。
私はその通りに枝を冷蔵庫にしまい、三月に挿し木した。
きっとその枝はつくと確信していたが果たしてその枝はそのまま梅の木へと育っていった。私は小さなブローチを付けて過ごした。

その挿し木した梅に花が咲くようになった頃、私は取り戻した夢に向かって進んでいた。
今は小さな木となったその梅の枝は、紅でも白でもなく、淡いピンク色の梅を咲かせた。
私はその花にそっくりの小さなピンクのブローチを作り上げ、春めいた日の光にかざし、ほほえんだ。

(了)


*本編は、この短い物語の続きのような…


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