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月の裏側

僕の彼女は不思議なことに関心がある。
ときどき一生懸命なにか特訓している。
この前はスプーンを曲げようとしていた。
今も静かだから何か新しいことをしているのだろう。
窓のほうを向いてじっとしている。
「何してるの?」
そっとたずねてみる。
たぶん、そんなふうに声をかけて欲しいだろうと思ったのだ。
「うん、あのね」
窓に向けてぎゅっと閉じていた大きな目をぱっと開けてこちらをみる。
「透視」
「とうし?」
「そう。昔、月の裏側を写真に念写するっていうのが出来た人がいたんだって。
そういうのがしてみたい。
とりあえず透視」
僕はその話を知っている。
確か、その念写した月の裏側の写真は、後年NASAの発表した月の裏側と似ても似つかなかったらしい。
でもそんなことを今いってはいけない、ということも僕は知っている。
「へえ、できそう?」
「ううん、出来そうもない。頭いたくなってきた」
僕はちょうど用意していた紅茶とブルーベリータルトをテーブルに置く。
「これ食べて休憩しなよ。休めば出来るようになるかもよ」
彼女はハッとした顔で僕をみる。
「どうして分かったの?」
「何が?」
「ブルーベリータルトが食べたかったこと。
昨日食べたくてケーキ屋さん5軒回ったけどどこも売り切れで悲しかった」
僕は得意そうに言った。ここは得意そうにして良いところだ。
「食べたいだろうなって分かったんだ。
今日ケーキ屋にいって、きみが食べたいのはどのケーキだろうって、ガラスケースの中をじっとみたら、あ、ブルーベリータルトだって分かった。もう一つあるよ。良かったら食べて」
ふうん、と彼女は僕を尊敬と嬉しさの混ざった目で見つめる。
「すごい。ありがとう。嬉しい」
フォークを手にした彼女はとても可愛い。
「超能力あるの?」
大粒のブルーベリーを一つフォークで口に運びながらたずねられたので僕は頷く。
「うん、わかるよ。いろいろね」
「月の裏側は?」
「いや、それは見えない」
ふうん…彼女は一瞬がっかりしたが
「まあいいや。私の食べたいケーキが分かるんだもんね。すごいよ」
と気を取り直してフォークを差すがタルトが固くてお皿がガチャっと音をたててしまう。
顔を赤くした彼女は「えいっ」と言いながらタルトを手に持って、ぱくりと食べた。
「おかわり!」
その声が掛かる前に僕はもう、もう一つのタルトを皿にのせていた。
何でもわかるのだ。

(了)


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