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西加奈子『通天閣』ちくま文庫

織田作之助賞大賞受賞とのこと。なんとなく大阪に興味があって買った本である。薄いし、バッグに入れて電車で読むのに最適だ。ところが読み始めて困った。ちっとも面白くないのだ。

二人の語り手が交互に自分の生活を綴っている。ひとりは離婚した中年男。工場で働いている。ひとりは恋人と離れてしまった若い女。水商売に片足を入れている。どちらも貧乏。そのわびしい生活がリアルに描写される。水商売の下品さ、あほらしさ。痰を吐いたり、ゲロを吐いたりまで。

ほんとに面白くないし、楽しくないので読むのをやめたかった。でもここまで面白くない小説も珍しいと思い(←あくまでわたしの感想)、最後まで面白くないままなのか、確かめたくて頑張って読了した。二人はまったく無関係な人間だが、いくらなんでも最後は何らかの接触があるのだろうと。そして実際、最後は通天閣をめぐってクライマックスとなるのだが、ここもとことんリアリズムで描かれる。リアリズムなのだが、ちょっとユーモラスで、わりと感動的でもある。ただ、ここまでたどりつくにはそれまでの面白くない章を読み進めなくてはならないのだ。

中年男の生活の方がわたしにはまだマシだった。なぜかと言うと、その生活にルーティーンがあるから、機械的な面があるからだ。ここで思い出したのは最近、話題の映画『Perfect Days』だ。あの主人公はおんぼろアパートに住み、トイレ掃除を仕事にしている。人とは最低限の口しかきかず、週末に写真屋に行ったり古本屋に行く。スナックに行く。この機械的な生活がなぜか見る人に実に魅力的に見えたのだ。無駄なものを持たず、精神的な生活をする修行僧のような男。映画は大好評だった。でも、考えてみたら『通天閣』の男とどう違うんだろう。こちらの男も真面目に毎日しっかり働いている。毎日同じ食べものを食べている。黙っていろいろなことを考えている。品はなく、精神的でもない。しかしその方が現実の生身の人間だよなぁと感じる。

つまり、現実の人間はちっとも素敵じゃない。生活は生活だ。それでも人には心がある。痛んだり後悔したりする。面白くないと文句を言ったけれど、あの美しすぎる映画と比べて考えてみると、逆に好感が持てる小説でもあるのだった。

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