知里幸惠編訳『アイヌ神謡集』岩波文庫、山本多助『カムイ・ユーカラ:アイヌ・ラックル伝』平凡社
『アイヌ神謡集』は半年ぐらい前に読んでいた。たしかNHKの「100分de名著」で取り上げられて、それで興味を持ったのだ。この本はアイヌの言葉と日本語の見開きの対訳である。そのため日本語で読める分量は半分になるので、もっと読みたくて『カムイ・ユーカラ』も買ってみた。ところが二つを読み比べると、受ける印象がだいぶ違う。
『アイヌ神謡集』はネイティブである知里幸惠さんの訳が素晴らしいと評判だ。何がいいって、とにかく出だしがよい。
「「銀の滴降る降るまわりに、金の滴
降る降るまわりに」という歌を私は歌いながら
流に沿って下り、人間の村の上を
通りながら下を眺めると…」
これは梟の神が語り手で、金持ちの子どもたちが彼を射落とそうとするが、彼は貧乏な男の子の粗末な矢に射られて、男の子の家に連れて帰られるのだ。「ぎんのしずく ふるふるまわりに」という音がなんて素敵なんだろう。わざと貧乏な家に行って、その家族に富をもたらすというストーリーもよい。
ほかにも例えば人間に悪戯をする蛙の話。鳴いてみよと人間に言われて、「トーロロ、ハンロク、ハンロク!」と鳴く。こういう声がそのまま引用されていてとても面白い。兎は「ケトカ ウォイウォイ ケトカ」だ。この兎は人間に捕まり鍋に入れられ料理されてしまうが、身体の断片がなんとか鍋から逃げ出した。それ以来、もともとは大きかった兎の身体の大きさは今のように小さくなってしまったとのこと。
『カムイ・ユーカラ』の方も様々な動物たちが出てくる。クマ、ウサギ、ネズミ(動物名はカタカナ表記)などの話。だけど、文体がわりと普通の文体のせいか、読んでいて特にアイヌの話というよりも、もっと普遍的な、たとえばヨーロッパなどの童話でもいいように感じてしまう。『アイヌ神謡集』がすばらしく詩的であるのに対して、『カムイ・ユーカラ』はごくごく散文的である。著者の山本多助さんは調べてみると「若い頃より民族文化に関心を持ち (Wikipedia)」と書いてあるから彼自身はアイヌではないのかな。比べてみると知里幸惠さんの訳文の方が文章そのものにアイヌの味わいがしみ込んでいる気がした。山本さんはあくまでも学者なのかもしれない。
どちらも身近にいる動物たちが神と呼ばれているのが特徴だ。神といえばなんらかの崇高さを期待するが、大半の動物は悪戯好きだったり、マヌケだったりする。「人間に悪戯をしてはいけませんよ」という教訓で終わることもある。決して崇高ではない動物たちを神と呼ぶことが面白い。そして案外、人間にとってもともと神とはそういうものだったのかもしれないと思う。